電磁波と被ばく  






入口紀男


 我われが物を見るのになくてはならない「可視光線」も、また、夏に肌を焦がす「紫外線」も、たき火で身体を温める「赤外線」も、また、セシウム137から発せられる「ガンマ線」も、すべて「電磁波」として知られていますね。「電磁波」は、図のように電界と磁界が直角に交差しながら、真空中を 1 秒間に約 30万キロメートルの速度で直進します。可視光線も赤外線も紫外線もガンマ線も、そのようにそれぞれ異なる「名称」は与えられていますが、ただ「周波数」が異なるだけで、電磁波として同じものです。
 周波数 1 ヘルツ [Hz] または [1/s] の電磁波は波長が約 30万キロメートルです。周波数と波長は反比例していて、2倍の 2ヘルツでは、波長はその半分の約 15万キロメートル。スマホの 2,450メガヘルツでは、波長は 約 12センチです。
 可視光線は同じ電磁波なのに、それによってヒトはなぜ被ばく「しない」のでしょうか。ガンマ線は同じ電磁波なのになぜ被ばく「する」のでしょうか。


 電磁波 


 1 電子ボルト [eV] というエネルギーの単位があります。ボルトという言葉が使われていますが、電圧の単位でなく、エネルギーの単位です。これは、1.6 × 10-19 [J](ジュール)というごく小さな量です。これが DNAの主鎖や塩基の結合部分に当たるとそれを「1回」切断します。DNAの主鎖や塩基の結合部分が 1電子ボルト程度の小さなエネルギーで結合しているからです。
 ニュートン(1643-1723)は、光は「粒子」の性質をもっていると考えていました。現代の物理学でも電磁波は素粒子のひとつと考えられていて、その一つひとつは「フォトン」(光子)と呼ばれています。電磁波のフォトン 1 個のエネルギー E [J]は、A. アインシュタイン(1879-1955)によると

  E = h ν

(これは慣用的に「イー・いこーる・ハー・ニュー」と英語・日本語・ドイツ語・ギリシャ語で読みます。) h は「プランクの定数」といって h = 6.63 × 10-34 [Js]です。 ν は周波数 [1/s]です。
 ガンマ線は、たとえば(典型的には)周波数が ν = 6.00 × 1019 [1/s] ですから、そのフォトン 1 個は、前記の式から E = 4.0 × 10-14 [J] のエネルギーをもっています。これは 250,000 電子ボルト [eV] ですから、これで DNAの主鎖や塩基を約 25万回切断できます。
 一方、可視光線(典型的に靑緑色の光)は、周波数が ν = 6.00 × 1014 [1/s] ですから、そのフォトン 1 個は、前記の式から E = 4.0 × 10-19 [J] のエネルギーをもっています。これは 2.5 電子ボルト [eV] ですから、これで DNAの主鎖や塩基を約 2.5回切断できます。

 青緑色の明るい光源を至近距離(0 ミリ)から黒目(瞳孔)で無理にじっと見つめ続けると、青緑色の光は、先ず水晶体を透過し、次にガラス体を透過して、眼底に到達しますね。眼底の視覚細胞は損傷を「受ける」でしょう。それもやはり電磁波(青緑色の可視光線)による「放射線障害(被ばく)」にほかなりません。そのようなことが起きないように、ヒトはまぶしい光を見ると反射的にまぶたを閉じます。ヒトはそのように進化してきた生物です。したがって、ヒトは可視光線で被ばくしません。

 紫外線は、典型的に周波数が ν = 3.00 × 1015 [1/s] ですから、そのフォトン 1 個は前記の式から E = 2.0 × 10-18 [J] のエネルギーをもっています。これは 12.5 電子ボルト [eV] ですから、これで DNAの主鎖や塩基を約 12.5回切断できます。
 そのようにして、(太陽光にも紫外線が含まれていますから)夏休みの登教日に教室に行くと私も友だちも肌は真っ黒に日焼けしていて、ひどいときは皮がぼろぼろにむけ落ちていますね。それは皮膚表面の細胞の DNAが紫外線によって主鎖や塩基を切断されて細胞が死滅したからです。それも電磁波(紫外線)による「放射線障害(被ばく)」にほかなりません。紫外線は波長が典型的には 0.1ミクロンですから、皮膚表面のそれより小さな細胞の構造体に阻まれて(さえぎられて陰となって)深部までは到達しません。そして、秋の新学期になって涼しくなるころには肌はすっかりもと通りに治っていますね。ヒトはそのように進化してきた生物です。

 ガンマ線は、周波数が ν = 3.00 × 1019 [1/s] 以上で、波長が 0.00001ミクロン以下です。それに対してたとえば DNAの二重らせんは直径が約 0.002ミクロンです。これくらいの短い波長になると、障害物としてヒトの細胞や DNAの構造体などはあっても、(光が金網を透過するように)体内の深部へ透過して行きます。そこ(体内の深部)でぼろぼろの「日焼け」(放射線障害)を起こします。その日焼けがもと通りに治ることはありません。これが放射線(ガンマ線)による「被ばく」です。内部組織はそのまま壊死(えし)してしまいます。