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長期低濃度水銀蒸気曝露における健康管理の指標(Sentinel Health Event, Occupational)として何が適切か?


石原 信夫 Nobuo Ishihara, M.D., Ph.D. (公財)神奈川県予防医学協会

要約

 金属水銀使用酸化銀電池製造従事者の尿中水銀濃度とN-acetyl-beta-D-glucosaminidase(NAG)活性、及び血漿と赤血球中水銀濃度の変動を 1975年以来、2001年まで追及してきた。作業場内気中水銀濃度は、法定の報告書には常時 0.025 mgHg/m3(抑制濃度の下限)以下と記録されているだけである。作業者の曝露濃度実測値として 0.001~0.019 mgHg/m³(1975年、2001年)、個人別曝露濃度としては 0.0026~0.003 mgHg/m3の記録があり、作業者の曝露濃度は全期間を通し、0.003 mgHg/m3を超えていなかったと判断している。1986年から2001年迄、尿中水銀濃度と血液中水銀濃度の間には相関関係がないが、尿中蛋白濃度と尿中 NAG活性の間にのみ正の相関関係が認められた。この相関関係は金属水銀蒸気に曝露されていない対象者には認められていない。すなわち、この正の相関関係は長期低濃度水銀蒸気曝露における健康管理の指標、つまりSentinel Health Events (Occupational)であると考える。

Summary

    Urinary mercury concentration has been used widely as the index of body burden of mercury depending on the results observed under mercury concentrations more than 0.025 mgHg/m3. Recently, the exposure level of metallic mercury vapor has been decreased, and the most exposure levels are less than 0.01 mgHg/m3. The effects of exposure to metallic mercury vapor at low concentrations(0.001~0.003 mgHg/m3)were studied in workers engaged in the manufacture of mercury-silver oxide battery. The results of inhalation experiments in humans and animals indicated the early appearance of mercury in urine prior to that in plasma, and the delayed increase of urinary mercury to the increase of mercury in blood at the low concentrations exposure to mercury vapor less than 0.03 mgHg/m3. The urinary mercury concentration in nonexposed subjects in the present stuty was similar to that in the previous reports. The reason of this discrepancey was unclear. The positive corelation was found only between urinary N-acetyl-beta-D-glucosaminidase(NAG), and could be one of the sentinel health events (occupational) in the low concentration(≤ 0.003 mgHg/m3)exposure to metallic mercury vapor.

keywords:   metallic mercury, urinary protein, urinary NAG activity

I . はじめに

  金属水銀は常温で液体の唯一の金属であり、その物理科学的性質から各方面で広く用いられてきた。しかし、その毒性が明らかになるにつれ、近年他の物質との置き換えや技術革新(生産の自動化)等により、金属水銀の使用は減少し、使用する場合でも曝露濃度は低下している。しかし、「常温で液体」という性質を完全に他の物質で置き換える事は不可能で、金属水銀の使用を皆無とするには到っていない。高濃度の金属水銀(蒸気)の標的臓器は肺、腎臓、中枢神経(脳)で、高濃度の金属水銀蒸気を吸入すると、糜爛性気管支炎、間質性肺炎等を経て、中枢神経症状が出現、呼吸不全を経て死に至る経過は広く知られている [1]。水銀を取り扱う作業者の健康管理の手段の一つとして、生体試料(尿、血液、頭髪等)の水銀濃度の測定が広く行われている。そこには、生体試料中の水銀濃度が高ければ曝露量も多いであろう、曝露量が多ければ標的臓器中の水銀濃度は高いであろうという考えが基本になっている。剖検ならいざ知らず、現実に働いている人の健康管理において、標的臓器中の水銀濃度を知ることは不可能である。したがって、曝露濃度と尿中水銀濃度、血液中水銀濃度、さらには末梢神経症状の頻度等との関係に関する報告は少なくない [2]。しかし、それらの報告の殆どは 0.01 mgHg/m3以上の曝露が対象で、0.01 mgHg/m3以下の曝露での解析は殆ど行なわれていない。技術革新、作業環境改善、及び水銀を他の物質で置き換える等の対策の結果、現在は殆どの水銀作業における曝露濃度が 0.01 mgHg/m3以下であり、生体試料中の水銀濃度は体内に入った水銀量の適切な指標にはならないと考えられている [2]。
 ところで、日常的に使用されているアルカリマンガン乾電池には安定した放電電圧の維持と漏液防止の目的で水銀の無機化合物が添加されていた時代があるが、現在では完全に無水銀化されている。一方、使用範囲が拡大しているボタン型乾電池の内、酸化銀電池では、アルカリマンガン乾電池の場合と同様、安定した放電電圧と高い抗漏液性のために金属水銀化合物(アマルガム)が添加されされてきた。今回、対象にした事業所では、1975年にこの水銀使用酸化銀電池(ボタン型;亜鉛アマルガム)の生産を開始した。しかし、世界的な「脱水銀」の流れや、高価な酸化銀を使用しないボタン型リチウム乾電池の急速な普及と、水銀不使用酸化銀電池の開発等の結果、水銀使用酸化銀電池の需要は低下が続いた。しかし、長時間の安定した放電能力と極めて高い耐漏液性に対する需要家の長年にわたる強い信頼があり、脱水銀の趨勢に逆らう形で、水銀使用酸化銀電池の生産は少量ではあるが継続されてきた。
 日本電池工業化会の資料によれば、現在の日本では 2015年の省令(通称「水銀新法:水銀による環境汚染の防止に関する法律」)により、酸化銀電池の水銀含有量が 1%(重量)へ引き下げられ、水銀含有量が 1%(重量)以上の製品の輸入が禁止された。今回対象とした事業所でも、水銀不使用で満足できる性能(安定した放電電圧と抗漏液性の長期間維持)の酸化銀電池の開発に成功、今回対象とした事業所では、2002年に水銀使用酸化銀電池の製造を終了、水銀不使用型の製造に全面転換している。現在、日本国内では水銀使用酸化銀電池の製造は行なわれていない。ただし、市場には流通在庫の他に、「水銀条約」(2017年発効)で水銀含有率が 2%(重量)以下の電池は条約適用外とされているため、外国製水銀使用酸化銀電池(主に中国製とされている)が流通している。
 ところで、健康に影響を与える恐れのある極低濃度の金属水銀蒸気の発生源として、欧米で広く歯科治療(補綴)で用いられるアマルガムが近年注目され、多くの報告がある [3-11]。しかし、これらの報告では、検者や被検者の主観的影響を受けやすい方法による検査や、神経の電気的変化を測定する検査により、中枢神経系への影響を把握することが主であり、生体試料に関する検討は殆ど行なわれていない。許容濃度以下の曝露が趨勢の金属水銀取扱作業者(chloralkali 作業者、蛍光灯製造作業者等)を対象にした調査では、聴覚や視覚(色覚)への影響の解析が主流であって [12-19]、特殊な検査機器や熟達した測定者が不可欠で、作業者の日常的健康管理への応用には難がある。したがって、被検者への負担が少ない随意尿や血液を検体とする多くの検査から得られる情報の内、日常の健康管理で極めて低い濃度の金属水銀蒸気曝露の影響を把握するための指標として何が適切かを追及するのが今回の目的である。

II . 対象者と作業内容

 今回の報告と従来の報告 [20, 21] の対象者は、同じ事業所で水銀使用酸化銀電池製造に従事する作業者で、全員日本人である。この事業所は 1975年に水銀使用酸化銀電池の製造に参入した。1975年から 1977年頃までは手作業で製造が行なわれていたが、拡大する需要に対応するため、1977年から 1978年頃に掛けて完全に自動化された。しかし、使用原材料の組成や混合比率等は変更されていない。
 手作業の詳細な記録はないが、筆者の記憶をたどれば概ね次の通りであった。すなわち、亜鉛アマルガムを含む混合物(負極)を、上皿電子天秤により手作業で秤量(ミリグラム単位)し、酸化銀(正極)が予め入れてある容器に入れ、手作業で封をすることの繰り返しであった。亜鉛アマルガムを含む混合物の秤量には精度が要求されていたため、本格的電池製造開始前に同一材料もしくは同一性状の物体を用い、ミリグラム単位での秤量の訓練が必要であったと考えられる。したがって、実際に製造に使用する材料を用いた訓練であるとすると、電池製造に従事することになっていた作業者は、本格的製造に先立って、金属水銀蒸気の曝露を受けていたことになる。繁忙期には 200人前後が秤量作業に従事していた。後述するが、従来の報告 [20-22] では、就労後の尿や血液中の水銀濃度の変動に関する考察で、この訓練時の曝露に対する考察が足りなかった。電池生産の完全自動化後は、早番と遅番の交代制が導入されたが、繁忙期でも夜間作業はなかった。手作業時代には同一人を追跡観察できたが、自動化後は交代制勤務の導入により、同一人の追跡観察は不可能になった。なお、事業所の移転があり、自動化後から 1985年までの生体試料中の水銀濃度測定結果や作業環境測定結果は失われている。

III . 方法

 毎年、原則として 10月の第一水曜日の作業開始前(8時頃)に随意尿を採取した。同時に、自覚症状に留意しながら肘静脈より採血、ヘパリン処理により血漿と有形成分(赤血球が主)に分離した。尿には採尿時に塩酸システインを少量(約 10 ㎎程度)添加した。Magosの方法 [23 ]により、尿、血漿および赤血球中総水銀濃度(有機水銀と無機水銀の和)を測定した。検出限界は、1.75 pmolHg/ml(尿)、2.5 pmolHg/ml(血漿、赤血球)であった。ところで、従来の報告 [20, 21]では、試料中水銀濃度を無機水銀と有機水銀に分別して凍結保存し、無機水銀と有機水銀の分別水銀定量に供した。しかし、現在の金属水銀の代謝に関する報告では、分別定量はせず、総水銀量(無機水銀と有機水銀の和)として表示するのが趨勢であり [1]、今回は総水銀で表記した。
 採取後氷冷保存した尿について、採取後 4時間以内に能登等の方法 [24] (NAG test, Shionogi Ⓡ、塩野義製薬)で NAG活性を、Bradford法 [25](Tonein TPⓇ、大塚製薬)で蛋白濃度を、それぞれ測定した。尿に関する測定値は、全て尿中クレアチニン濃度(Jaffe反応で測定)で補正した。測定値の統計学的処理については、各表に併記した。なお、NAG活性及び蛋白濃度測定に対して、尿に添加した塩酸システインが影響しないことは確認している。

IV . 結果

 今回の測定結果を表 1に示した。何れも等分散ではなかったので、Welch法(ノンパラメトリック)で性差の有無を検討した。その結果、いずれの測定項目についても性差は認められなかったので、男女を一括して検討することにした。

表 1 各測定項目の平均値(標準偏差)

年次例数尿 Hg1血漿 Hg2赤血球中 Hg3NAG活性(尿)4蛋白濃度(尿)5
1986  2311.36(25.42)12.75( 8.03)161.4( 86.27) 3.5(1.5)0.086(0.042)
1987  1624.93(19.47)14.45( 8.14)234.9( 81.11) 3.0(1.1)0.071(0.020)
1988  1418.13( 9.2912.74( 5.89)215.9( 79.60) 3.2(1.3)0.047(0.014)
1989  1716.66( 7.34)10.70( 5.31)221.9( 79.70) 1.7(0.8)0.104(0.048)
1990  2320.73( 8.82)12.50( 5.84)241.8(105.7) 2.1(1.8)0.093(0.073)
1991  2339.42(24.03)16.71(10.51)171.9( 39.5) 2.3(1.3)0.087(0.023)
1992  2329.47(37.31)14.00( 8.98)174.9( 85.72) 2.6(2.0)0.091(0.063)
1993  1920.79(16.70)10.61( 5.25) 178.5( 85.30) 1.9(2.7)0.126(0.068)
1994  1918.48( 9.86)20.42(33.6) 183.7(121.8) 3.9(3.8)0.083(0.039)
1995  1835.61(30.36)16.36( 9.87)226.5(102.7) 2.8(1.3)0.077(0.035)
1996  2226.77(11.08)15.97( 8.43)128.6( 76.74) 4.5(2.3)0.113(0.068)
1997  2528.84(12.28)11.70( 7.58)146.8(100.8) 3.8(2.0)0.104(0.062)
1998  2418.25( 9.26)12.20( 6.29)128.8( 71.42) 2.4(1.5)0.083(0.048)
1999  1620.30( 4.03) 7.75( 4.58)110.8( 77.77) 3.6(1.3)0.089(0.048)
2000  1713.62( 4.47)10.07( 5.61) 86.2( 59.14) 2.9(0.9)0.063(0.019)
2001  1711.98( 4.46) 9.65( 5.23) 159.4(107.4) 3.0(1.2)0.075(0.030)
対照 6  45 5.96( 3.12)    -     - 2.4(0.8)0.059(0.032)

            尿 Hg 1      尿中総水銀   nmol Hg/g creatinine
            血漿 Hg 2     血漿中総水銀  nmol Hg/ml
            赤血球中 Hg 3   赤血球中総水銀 nmol Hg/ml
            NAG 活性(尿)4  尿中NAG活性 units/g creatinine
            蛋白濃度(尿)5  尿中蛋白濃度  g/g creatinine
            対照 6       尿中NAG活性と蛋白濃度の対照群(暴露歴なし)


 これらの結果の内、1986年から 1999年までの部分は今回と同じ目的で解析し、既に報告した [26]。今回は 2000年と 2001年の結果を加えて検討した。さらに、1975年から 1977年の手作業時代との対比を行うとともに、後述する水銀蒸気吸入実験(ウサギ)の結果と対比して検討した。
 既に報告した 1975年から 1977年の手作業時代 [20, 21] の尿、血漿及び赤血球中水銀濃度をモル濃度表示に切り替え、総水銀値とした結果が表 2である。

表 2 手作業時代の尿、血漿、赤血球中総水銀濃度
(就労前から就労後23ヶ月迄の同一人7名の繰り返し観察)


暴露月数尿中総水銀
nmolHg/g Cr
血漿中総水銀
nmol/ml
赤血球中総水銀
nmol/ml
 09.08, 12.36, 18.89, 13.86,
8.82, 11.85, 31.76
6.68, 8.22, 11.82, 3.35,
4.34, 6.03, 15.98
48.36, 62.87, 123.04, 39.24,
50.25, 48.56, 65.76
   平均値(標準偏差)
   15.23(8.03)
   平均値(標準偏差)
   6.63(2.78)
   平均値(標準偏差)
   62.65(28.12)
 422.83, 13.91, 26.97, 6.48
16.05, 13.56, 13.86
21.39, 17.00, 33.25, 15.95,
12.47,16.45, 16.75
116.9, 80.26, 203.69, 79.16,
84.64, 51.85, 77.07
   平均値(標準偏差)
   16.24(6.73)
   平均値(標準偏差)
  19.04(6.79)
   平均値(標準偏差)
   99.04(49.90)
 811.97, 14.35, 34.20, 9.38,
14.76, 22.23, 9.97
6.09, 9.97, 31.1, 6.23,
11.25, 13.16, 5.13
32.85, 97.76, 211. 6,72.68,
110.5, 121.8, 47.21
   平均値(標準偏差)
   17.14(8.77)
   平均値(標準偏差)
   11.86(8.99)
   平均値(標準偏差)
   99.22(59.27)
 175.48, 9.09, 20.09, 11.51,
12.87, 12.37, 11.12
10.32, 13.61, 25.63, 13.46,
13.61, 14.75, 9.92
100.7, 124.1, 202.9, 82.8,
117.5, 118.6, 50.85
   平均値(標準偏差)
   11.79(4.44)
   平均値(標準偏差)
   14.47(5.24)
   平均値(標準偏差)
   113.9(46.87)
 2311.92,20.39, 27.72, 13.26,
11.92, 13.51, 17.59
6.73, 9.98, 18.55, 12.86,
13.81, 10.57, 4.38
113.2, 123.1, 175.0, 145.7,
178.5, 114.2, 79.3
   平均値(標準偏差)
   16.62(5.82)
   平均値(標準偏差)
   10.98(4.70)
   平均値(標準偏差)
   128.4(38.58)


⇒ 23ヶ月の数値と1986年から1995年迄の当該数値の間に有意差はない。


 後に、尿中水銀濃度、血漿中水銀濃度、赤血球中水銀濃度および尿中蛋白濃度等の変化を検討する場合、対照値として前回の報告 [20, 21] の水銀作業就労前の測定値を用いる妥当性を考慮する際に用いる目的でこの表を作成した。
 表 1 の結果について、測定時点毎における有意の変動の有無、つまり 1986年から 2001年の間のどの時点で平均値に段差が生じているかを線形比較 [27](Scheffeの方法)で検討した結果が表3である。


表 3 平均値の推移における段差の有無


年次尿中 Hg血漿中 Hg赤血球中 Hg尿中 NAG活性尿中蛋白濃度
 1986-1987   ns  ns  ns  ns  ns
 1987-1988   ns  ns  ns  ns  ns
 1988-1989   ns  ns  ns  ns  ns
 1989-1990   ns  ns  ns  ns  ns
 1990-1991   ns  ns  ns  ns  ns
 1991-1992   ns  ns  ns  ns  ns
 1992-1993   ns  ns  ns  ns  ns
 1993-1994   ns  ns  ns  ns  ns
 1994-1995   ns  ns  ns  ns  ns
 1995-1996   ns  ns  ns  ns  ns
 1996-1997   ns 0.0012 0.00009  ns  ns
 1997-1998  0.00006 0.0034  ns  ns  ns
 1998-1999  0.00014 0.0056 0.00013  ns  ns
 1999-2000  0.00002  ns 0.004  ns  ns
 2000-2001  0.00062  ns  ns  ns  ns

multiple comparison test (Scheffe, nonparametric )によるp値、ns: p > 0.05
1986-1987とあるのは、1986年と1987年の間で平均値な差があるか否かを示す。


 表中、1996-1997の尿中水銀の欄に ns とあるのは、1996年と1997年の間を境にして、その前後で尿中水銀濃度に有意差は無かったという意味である。同様に血漿中水銀の欄に 0.0012とあるのは、1996年と 1997年の間を境にして、血漿中水銀濃度に有意差があり、その p 値が 0.0012であったという意味である。表から明らかなように 1986年から 1996年までは平均値に段差は生じていない。おそらく、金属水銀使用酸化銀電池の製造量に大きな変動はなかったためと考えている。しかし、水銀非使用酸化銀電池の登場や「水銀排除の趨勢」のため、1996年を過ぎる頃から水銀使用酸化銀電池に対する需要が低下しはじめたため、平均値に段差が生じるようになったと考えている。
 表 4 には、尿中 NAG活性と尿中蛋白濃度や尿中水銀濃度との間の相関係数とその有意性を検討した結果である。尿中 NAG活性の測定は 1986年以前には行なわれていない。したがって、医療系専門学校生徒(45名、全員女性)を、尿中蛋白濃度や NAG活性の対照群としている。

表 4 測定項目間の相関係数とその検定結果(p値)


年次 尿中蛋白
 ⇒ NAG活性 
尿中水銀
 ⇒ NAG活性 
血漿中水銀
 ⇒ NAG活性 
赤血球中水銀
 ⇒ NAG活性 
  1986  r   0.8629  0.3589  0.3589  0.1612
 p   0.0000055  0.1007  0.1007  0.4642
  1987  r   0.6648  0.3357  - 0.2689  - 0.2468
 p   0.00518  0.2041  0.3124  0.3570
  1988  r   0.7725  - 0.1701  - 0.0212  - 0.1747
 p   0.00400  0.5604  0.9431  0.5446
  1989  r   0.4854  0.4256  - 0.2869  - 0.3615
 p   0.0473  0.9229  0.2645  0.1539
  1990  r   0.8201  0.3208  0.0019  0.0135
 p   0.00001  0.1454  0.8935  0.9513
  1991  r   0.5200  0.3121  0.1213  0.2091
 p   0.0113  0.1470  0.5815  0.3386
  1992  r   0.6546  0.0903 - 0.0754  - 0.3307
 p   0.00102  0.7321  0.7321  0.1218
  1993  r   0.6654 - 0.1209 - 0.0541 - 0.1757
 p   0.00214  0.8761  0.8761  0.4721
  1994  r   0.6209  - 0.4046  0.0261  0.4701
 p   0.0222  0.9145  0.9145  0.0402
  1995  r   0.6871  0.2739  0.1359 - 0.1530
 p   0.0021  0.5903  0.5903  0.5739
  1996  r   0.5466  0.5144  0.1506  0.2791
 p   0.00887  0.5032  0.5032  0.2087
  1997  r   0.4633  0.4037  0.3930  0.2254
 p   0.0227  0.0570  0.0570  0.3015
  1998  r   0.5257  0.5636  0.2918  0.2918
 p   0.00872  0.0055  0.1667  0.1666
  1999  r   0.6637  0.1320  0.1429  0.1755
 p   0.00648  0.6254  0.8261  0.4720
  2000  r   0.5715  0.3236  - 0.1523  - 0.0453
 p   0.0167  0.1923  0.5283  0.8632
  2001  r   0.5526  0.2279 - 0.1207  0.6604
 p   0.0196  0.3253  0.6945  0.6604
 対照群  r 0.23100.0572  
 p 0.11100.6991  



 表からも明らかなように、1968年から 2001年の間、水銀作業者には、尿中蛋白濃度と尿中 NAG活性の間に正の相関関係が認められている。しかし、他の測定項目間には正の相関関係は認められていない。対照群においては、尿中蛋白濃度と尿中 NAG活性との間には、相関関係は認められていない。
 表 5には、1997年に個人サンプラー(SKC Model 520)の使用が可能になり、1997年、1999年、及び 2000年に行った個人別曝露濃度の測定結果が表 5 である。個人サンプラーは左前胸部に 4時間装着した。結果は表 5 に示した。


表 5 個人別曝露濃度の測定

単位 mgHg/m3

 199719992000
  0.0080 0.0028 0.0147
 0.0022 0.0041 0.0012
 0.0020 0.0002 0.0017
 0.0022 0.0002 0.0022
 0.0035 0.0002 0.0056
 0.0018 0.0005 0.0001
 0.0010 0.0051 0.0008
 0.0002 0.0035 0.0010
 0.0002 0.0057 0.0012
  0.0027 0.0010
  0.0031 0.0010
  0.0053 0.0004
  0.0063 0.0010
  0.0025 0.0024
  0.0032 0.0035
  0.0037 0.0019
   0.0010
平均値
(標準偏差)
 0.0023 
 (0.0024) 
 0.0030 
 (0.0020) 
0.0026
 (0.0036) 

いずれも個人サンプラー(SKC社、model520)を、作業開始直前に左前胸部に装着、
4時間後に回収、4時間以内に定量した。


 一方、個人サンプラーによる曝露濃度の測定とは別に、1975年の手作業による電池製造が開始されてからおよそ一年後に、過マンガン酸カリウムによる捕集法で、作業者口元の水銀蒸気濃度の測定を複数回行っているが、0.001~ 0.019 mgHg/m3という結果が得られている [20, 21]。
 ところで、従来の報告 [20, 21] では、試料中の水銀濃度の変動の検討に際して、手作業による生産開始時点、つまり 1975年の水銀作業開始直前の値を金属水銀蒸気曝露の「0 タイム値」としていた。しかし、電池製造に従事する作業者は、作業就労前の訓練で、実際の電池製造で用いられる材料を使用していたとすれば、本格的作業開始の時点で既に金属水銀蒸気曝露を受けていた可能性が否定できない。従って、尿中 NAG活性測定に当たっては、金属水銀取扱の経歴のない専門学校生徒を対照群とし、尿について NAG活性、総水銀濃度および蛋白濃度を測定した。ただし、これら対照群については血液中水銀濃度の測定は行っていない。

表 6 対照群の内容

対象者: 医療関係専門学校生徒45名、全員女性、高卒後2年以内が大半、随時尿を採取・測定

    尿中総水銀
 nmol Hg/g creatinine 
  尿中蛋白
 g/g creatinine 
  尿中 NAG活性
 units/g creatinine 
平均値    5.96   0.032    5.8
標準偏差    3.12   0.059    0.37


 この金属水銀取扱経歴のない対象者の尿中 NAG活性値とは、今回の対象者の 1986年から 2001年迄の尿中 NAG活性値との間に有意差は認められていないが、尿中水銀濃度は有意に低値であった。この差の原因の一つとして、就労前の秤量訓練における水銀蒸気曝露の可能性が考えられるが、秤量訓練の詳細は記録は廃棄されていて、検討不可能である。水銀蒸気曝露のない対象者は専門学校生徒であり、従来の報告 [20, 21] より、学歴を考えると、低い可能性があり、食習慣の違いの可能性があるが、未調査であり、結論できない。

V . 考察


1 : 作業者が実際に受けていたと思われる金属水銀蒸気曝露濃度の推定
 1973年に Cherian等は、ボランティアを対象にして放射性金属水銀蒸気吸入実験を行い(0.1 mgHg/m3、12 ~ 24分間)、赤血球や尿中の明らかな水銀の蓄積にも係わらず血漿における水銀の検出が明らかに遅れると報告している [28]。ただし、この報告では尿中水銀排泄の経時変化の表示はなく、尿中 NAG活性の測定は行っていない。1987年のウサギを用いた金属水銀強制吸入実験(0.03 ~ 10.9 mgHg/m3、150 ~ 480分)[29] では、尿と赤血球中には略同時(約30分後)に水銀が出現するが、血漿における水銀の出現は尿や赤血球中への水銀の出現の 240分後と遅れ、0.03 mgHg/m3 の曝露濃度では、尿中には180分後、赤血球中には150分後にそれぞれ水銀を検出するが、血漿中には曝露開始480分後でも水銀は検出されなかった。すなわち、これらの水銀蒸気吸入実験の報告 [28, 29] から、水銀蒸気曝露(0.1 ~ 10.9 mgHg/m3 程度)では尿中への水銀の出現が血漿中への出現に先行する可能性が考えられ、従来の結論 [20, 21] の「低濃度水銀蒸気曝露では血漿や赤血球中水銀濃度は上昇するが、尿中水銀濃度は、23ヶ月の観察では変動しない」との結論と基本的には同じであると考えている。なお、この実験 [29] では尿中 NAG活性の測定は行っていない。
 この水銀蒸気強制吸入実験 [28, 29] では、曝露濃度が低下すると血漿への水銀の出現が遅れる事が判明、その理由としては次の様に考えている。すなわち、吸入された金属水銀蒸気は専ら赤血球に蓄積し、赤血球中のカタラーゼ活性により酸化されイオン型水銀(Hg++ )となり血漿中に入ると考えられ、血漿に入る水銀量は、金属水銀蒸気の場合は、赤血球中に蓄積された金属水銀量に左右される。したがって、血漿中への水銀の出現時期は曝露濃度により左右されるといえる。
 ところで、今回対象にした金属水銀使用酸化銀電池製造職場では、6ヶ月を超えない間隔での定期的に法定の作業環境中水銀濃度の測定が行なわれていた。しかし、気中水銀蒸気の許容濃度が 0.025 mgHg/m3 となっているため、記録されている作業環境中水銀濃度の測定結果は、全てが「0.025 mgHg/m3 以下」と記載されているだけで、実際の測定値は記録されていない。したがって、生体試料中の水銀濃度や、不定期に行われた作業環境中水銀濃度の測定から、実際の曝露濃度を推定しなければならない。
 1975年から 1977年の手作業時代にの曝露濃度の測定では、作業者口元における曝露濃度として、0.001 ~ 0.019 mgHg/m3 という記録がある [20, 21]。その後は専ら法定の作業環境測定のみが行われ、常時 0.025 mgHg/m3 以下としか記録されていない。その後、表 5 に示ように、個人サンプラーを用いる個人別曝露濃度の測定が可能になり、1999年、2000年及び 2001年の実測値は、表 6 に示すように、0.0023 ~ 0.0030 mgHg/m3であった。更に、三種の気中水銀濃度測定法の比較検討を目的に、2001年には電池製造ライン周辺の気中水銀濃度の詳細な測定(生産ラインから 1m 離れた床上 1.5mと、ラインの亜鉛アマルガム補給箇所直上1m )が異なる三種の方法で行われ、何れの箇所に於いても 0.001 mgHg/m3以下であった [30-33]。一方、表 2 に再掲した以前の報告 [20, 21] の曝露 23か月目の尿、血漿及び赤血球中水銀濃度が、表 1 の 1986年 ~ 1996年までの当該水銀濃度との間に有意差は認められず、曝露濃度には概ね変化は無かったと判断している。
 すなわち、今回対象にした電池製造における水銀蒸気曝露濃度は、1975年から 1977年の手作業時代には 0.019 ~ 0.001 mgHg/m3、1978年以降の自動化時代は 0.003 mgHg/m3を超えることはなかったと判断した。

2 : 尿中 NAG活性と蛋白濃度の変動の検討における適切な対照値の選定
 以前の報告 [20, 21] では尿中 NAG活性と蛋白濃度の測定は行っていない。今回はこの二項目の検討の参照値として、医療系専門学校生徒(全員女性)を選び、尿中水銀濃度と NAG活性を測定した。その結果、尿中 NAG活性は今回の対象者と非曝露者の間に有意の差は認められなかった。しかし、尿中水銀濃度は、今回のみならず従来の報告で「曝露ゼロ」として扱っていた値(1975年の水銀作業就労直前の値、表 6 参照)との間に有意差が認められた。この差の原因として、先ず、年齢差が考えられる。前回の報告 [20, 21] では 30歳以上の既婚者が大半であった。一方、非曝露群は殆どが 20歳前後であり、学生としての生活であったとみなしている。したがって、今回の対象者と比べた場合、曝露なしの対照群は生活様態(主に食習慣)に差があった可能性が考えられる。しかし、従来の報告では 23ヶ月の観察期間中、頭髪中有機水銀濃度は変動していない [20, 21]。したがって、食事調査は行っていないが、社会経済情勢を考えると、今回の調査時期(1975年から2001年迄)に食習慣に変動は無かったと判断して支障はないと考える。
   極めて低い濃度であっても、水銀曝露を受けていれば、腎機能に何らかの影響が起きていることが認められ、曝露群の尿中水銀濃度は対照群(水銀を扱った経歴のない者)より高かった [44]。つまり、尿中水銀濃度は過去の水銀曝露の指標になると考えられている。しかし、前項「1.」で述べた通り、今回の対称群とした金属水銀曝露履歴のない対象の尿中水銀濃度(表 6)は、従来の報告 [20, 21] の対象者の水銀作業就労直前の値よりも有意に低い。一方、水銀の人体内での分布における有機水銀と無機水銀の交互作用について論じた報告 [21]で挙げている尿中水銀濃度の対照値(5.71 nmol/g creatinine)と同程度であり、水銀作業者の就労直前の値 [20, 21] より低値である。これら水銀非曝露群の尿中水銀濃度も、従来の報告の値 [20, 21] も、いずれも「2020年度の許容濃度の勧告」[35] に示されている許容濃度及び生物学的許容値より低値である。したがって、表 6 の非曝露群の尿中水銀濃度は水銀蒸気曝露の経歴のない集団、つまり対照群と判断できる。一方、水銀使用酸化銀電池製造開始決定と前後し、相当数の作業者の募集と作業の二交代制が短期間ではあるが導入されたことは、電池製造に緊急性があったと考えられ、事前の訓練期間は恐らく短期間で簡略化され、水銀蒸気曝露は尿中水銀濃度の変化を起こすまでには到らなかった可能性を考慮する必要がある。したがって、表 6 に示した非曝露群の尿中水銀濃度と、他の報告に示されている尿中水銀濃度との違いの原因は不明である。ただし、秤量訓練が実際に生産で用いられる亜鉛アマルガムを含む材料ではなく、費用の点から模擬品(ダミー)を用いていた可能性があり、秤量訓練における水銀蒸気曝露の可能性はなかったとも考えられる。事前の秤量訓練関係の記録が廃棄されているので詳細は不明である。
 しかし、表 6 に示すように、尿中 NAG活性には水銀蒸気曝露の有無による差は認められていない。したがって、表 6 に示した金属水銀蒸気曝露歴のない対象者の尿中蛋白濃度や NAG活性の数値は、今回の考察における当該数値の検討において、対照値として適切であると判断した。

3 : 曝露の指標としての尿中水銀濃度の有用性
 現在、金属水銀(含む無機水銀)取扱者の健康管理では、尿中水銀の測定が実施されている。しかし、既に述べた通り、現在の曝露濃度の趨勢を考えると、水銀曝露の影響の指標、正確に言うならば「標的臓器中の水銀濃度の推定」には尿中水銀濃度は不適切と考えられている [2]。したがって、今回の対象者から、尿中 NAG活性が測定されている 1986年から 2001年までの対象者を選び、、尿中総水銀濃度と全血中総水銀濃度の相関を検討した結果が次表(表7:尿中総水銀と全血中総水銀の相関)である。

表 7 尿中総水銀濃度と血液中総水銀濃度の関係

年次相関係数p値
 1986   0.4772    0.0233 
 1987   0.1362    0.6145 
 1988  - 0.0123    0.9642 
 1989  - 0.3452    0.1812 
 1990  - 0.0007    0.9762 
 1991   0.2674    0.2619 
 1992   0.6124    0.0024 
 1993   0.2357    0.3319 
 1994  - 0.9796    0.7455 
 1995   0.8288    0.0004 
 1996   0.4637    0.0296 
 1997   0.5053    0.0141 
 1998   0.3524    0.0900 
 1999   0.0073    0.9791 
 2000   0.3418    0.1794 
 2001   0.3418    0.1794 


 表から明らかなように、尿中総水銀濃度と全血中総水銀濃度との間には、有意の相関はないと判断できる。すなわち、現在の金属水銀(含むイオン型水銀)の曝露( < 0.01 mgHg/m3)においては、尿中総水銀濃度は血液中総水銀濃度の指標にはなり得ないと判断できる。したがって、極めて低い濃度の水銀蒸気曝露では、尿中水銀濃度からは標的臓器(脳、腎臓)への影響を把握する事はできない。したがって、尿中水銀濃度以外の指標が必要になる。

4 : 各測定値の時系列での変動
 1986年から2001年にかけての各測定値の変動の様子を表 3 に示した。1986年から 1996年の間は、尿、血漿及び赤血球中水銀濃度に変動はない。しかし、1997年を過ぎると水銀濃度に低下傾向が現れている。これは恐らく水銀使用酸化銀電池の需要の減少による製造量の減少の結果と考えている。既に述べた通り、安価なボタン型リチウム電池の急速な普及がその原因の一つと考えている。1986年から 2001年迄の全観察期間を通して、尿中蛋白濃度と NAG活性に変動は認められていない。手作業時代に尿中蛋白濃度と NAG活性の測定がおこなわれていないのは残念である。更に、表 6 に示すように、対照者と水銀作業者の間には、尿中蛋白濃度と尿中 NAG活性に有意差が認められていない。すなわち、1975年から 2001年の間、対象者の尿中蛋白濃度や NAG活性に変動はなく、前述したように曝露群にのみ尿中蛋白濃度と尿中 NAG活性の間に有意の正相関が認められている。すなわち、0.003 mgHg/m3 以下という水銀蒸気曝露では、何らかの異常が尿細管に生じたが、その程度は明白な腎機能障害には到っていないと考えている。

5 : 尿中 NAG活性と尿中蛋白濃度の関係
 臓器・組織を構成する細胞の障害により、尿や血液中の酵素活性に変動が起き、臓器・組織の障害の程度の指標となり得ることが指摘されてから久しい。既に引用したように [3-11]、歯科治療で用いられたアマルガムの健康影響に対する関心は高い。金属水銀蒸気曝露の尿中 NAG活性に対する影響に関する報告も多いが、曝露濃度が明記されている報告は意外に少ない。1984年の chrolalkari作業者(金属水銀を電極として食塩水の電気分解を行い、苛性ソーダを製造する作業)の解析の結果では、0.025 mgHg/m3 の曝露では対照群と比較して、作業者の尿中 NAG活性には変動が認められていない [34]。一方、許容濃度を上回る高濃度の水銀蒸気曝露の可能性が指摘されている金属水銀を用いる発展途上国に於ける小規模金採掘では、尿中水銀濃度と NAG活性との間に正の相関がみとめられている [36]。しかし、他の発展途上国の小規模金採掘従事者の調査では、曝露群(金採掘従事者)と対照群の間では、尿中 NAG活性に差が認められていない [37]。しかし、この報告 [37] では採掘従事者の家族を含む一般住民を対照群としている。ところが、このような金属水銀を用いる小規模の家内工業的金採掘においては、採掘に直接従事していない家族を含む集落の一般住民や、採掘した金の仲買人だけでなく、都市部の金買い入れ業者(いわゆる Goldshop)にまで採掘に用いられた金属水銀による曝露が及んでいることが指摘されている [36]。したがって、文献 [37] の結論は、対照群が適切ではない。つまり、金属水銀を用いる家内工業的金採掘従事者では、直接採掘に従事する作業者以外にも、尿中 NAG活性に変動が起きている可能性は否定できない。
 アマルガム処置を行う歯科医療関係者(歯科医、歯科衛生士等)が、アマルガム処置に際してうける金属水銀蒸気曝露に関する研究では、尿中 NAG活性には変化が認められていないが、曝露濃度の記載はなく、尿中 NAG活性と他の検査結果との関係は記されていない [38]。
 一方、金属水銀蒸気曝露で、尿中水銀濃度と尿中 NAG活性の間に正の相関を認めている報告が複数あり [39-42]、尿中水銀濃度と尿中蛋白濃度の間に相関を認めている報告もある [43-45]。しかし、これらの報告 [40-44] では曝露濃度の実測値は記されていない。これらの尿中NAG活性に関する報告に対し、食品由来の水銀曝露についての考察が必要との指摘がある [46]。日常生活における食事を介しての水銀の取り込みは、専ら魚介類の摂食により、その程度は頭髪中有機水銀濃度に反映されることはよく知られている [47-50]。今回の対象者については、頭髪中有機水銀濃度には変動がなく [20, 21]、魚介類の摂食状況に変化は無かったといえる。したがって、今回の対象者について、尿中 NAG活性に対する食餌の影響 [46] は考慮する必要はないと考えられる。
 一方、表 4から明らかなように、今回は尿中蛋白濃度と尿中NAG活性との間にのみ、正の相関関係が認められている。この点は、これまで引用してきた複数の報告では言及されていない。水銀曝露により尿中 NAG活性に変動を認めた報告 [39-45] における NAG活性値は、表 1 に示した今回の NAG活性値より高い。しかし、これらの報告では曝露濃度の記載はないが、今回対象とした曝露濃度(0.003 mgHg/m3 ≥ )を大幅に上回っている可能性があり、尿中NAG活性値の相違の原因ではないかと考えている。
 今回対象にした 0.003 mgHg/m3 ≥ の水銀蒸気曝露では尿細管に何らかの変化が生じ、尿中蛋白濃度と尿中 NAG活性との間に正の相関が成立し、この尿細管に生じたであろう変化は極めて軽微であり、同程度の曝露が継続してもさらに変化が進展することはないと考えている。

6 : 極めて低い濃度(0.003 mgHg/m3 ≥ )の水銀蒸気曝露の指標
 現在の金属水銀取扱作業に於ける曝露濃度は許容濃度(0.025 mgHg/m3)以下の場合が殆どで、曝露による影響は中枢神経に対するものが主であると理解されている [11-16, 41]。これらの報告の多くは、chloralkali 作業や蛍光灯製造作業が対象であり、神経学的検査 [11-14] や色覚検査 [15, 17] が影響把握の手段である。つまり、中枢神経に対する影響の把握が主であり、曝露濃度の詳細や生体試料中の水銀濃度や尿中酵素活性(たとえば NAG活性)についてはほとんど触れられていない。これらの中枢神経に対する影響の把握では感覚的要素が少なくない検査方法が用いられ、検査の実施だけでなく結果の解析においても習熟が不可欠であり、低濃度(0.003 mgHg/m3 ≥)の金属水銀蒸気曝露の日常の健康管理の指標として用いるのは不適当と考えられる。やはり、数値で表現した水銀蒸気曝露の指標が必要と考えている。したがって、今回確認できた尿中蛋白濃度と尿中 NAG活性との間の正の相関関係は極めて低い濃度の水銀蒸気曝露の健康影響の指標として有用であるといえる。
 ところで極めて低い濃度の水銀蒸気曝露の影響の追及という見地から、歯科処置により歯牙に充填されたアマルガムから溶出する金属水銀の健康影響に関する報告は多い [8-11, 51, 52]。しかし、それらの多くは自覚症状とアマルガム充填数との関係の解析であり、尿中水銀濃度や蛋白濃度、さらには血液中水銀濃度との関係を論じた報告は少ない [7, 8]。歯科治療で充填されたアマルガムの健康影響については、定説はない状態である。さらに、歯牙充填されたアマルガムの健康影響に関する集大成的研究 [7] では、健康影響に否定的見解が述べられ、更に充填済みのアマルガムの除去は水銀を含む廃棄物を出すだけであるから、歯牙に充填されたままの状態で放置するのが最善の対応であるとまで述べられている。更に、1996年には WHOの専門家会議が、歯牙に充填されたアマルガムの健康影響を否定する見解を提出している [53]。アマルガムを使用する歯科治療に従事する人々(歯科医師、歯科衛生士等)が歯科治療行為の実際の曝露濃度は 0.0018 ~ 0.0021 mgHg/m3 曝露であり、尿中 NAG活性に変動はなく、自覚症状にも特記すべきことがなかったと報告されている [54]。従って、充填されたアマルガムによる影響に関する報告は多数あるが、現時点では充填されたアマルガムの健康影響は殆どないと考えるのが妥当である。なお、現在の日本の歯科治療では、充填には伝統的にメタルインレーと呼ばれているパラジウム合金が用いられている。したがって、今回の対象者については、アマルガム充填の有無の調査はしていない。

VI . 結論

 金属水銀蒸気吸入実験(ヒト 0.1 mgHg/m3、12 ~ 24分 [28]、動物 10.9 ~ 0.03 mgHg/m3、150 ~ 480分)(尿中NAG活性は測定していない)[29]では、血漿中に金属水銀が検出されないにも係わらず、尿や赤血球に水銀が明らかに検出される一方、尿中への水銀出現は血液中への水銀出現におくれる傾向が明らかにされた。これらの水銀蒸気吸入実験の結果、尿中水銀濃度は曝露の程度に直ちに対応しない場合があるといえる。今回は、金属水銀蒸気曝露の経歴のない一般人の測定値を基準にして、各検体中の水銀濃度の時系列的解析を行った。尿中 NAG活性はこれら一般人と今回の対象者の間には、有意差は無かった。この基準とした群の尿中水銀濃度が今回の作業に従事した人達の水銀作業前の値より有意に高いが、その理由は不明である。水銀の尿中への排泄に関しては、解明しなければならない点が多い。
 ところで、尿中蛋白濃度と尿中 NAG活性との間の正の相関関係は、0.003 mgHg/m3 ≥ の金属水銀蒸気曝露を受けていた今回の対象者にのみ認められ、曝露歴のない群では認められていない。すなわち、水銀蒸気の曝露により何らかの変化が腎臓(恐らく尿細管)に生じているが、この程度の曝露が約 20年間継続しても、尿中蛋白排泄増加等の障害に繋がる可能性はないといえる。すなわち、この尿中蛋白濃度と尿中 NAG活性との間の正の相関関係は、特に症状が認められない程度(≤ 0.003 mgHg/m3)の水銀蒸気曝露があったことを示す指標、つまり Rustein等が提唱するSentinel Health Event (occupational)[55, 56] に相当すると考えている。
 1975年の水銀使用酸化銀電池製造開始以来、2001年迄の間、作業者間に金属水銀蒸気によると思われる自覚症状は認められず、尿中蛋白濃度は変化していない。これは水銀蒸気曝露が略全経過を通して 0.003 mgHg/m3 以下という極めて低い濃度に維持されてきた結果であり、この事業所における金属水銀取扱者の健康管理や作業管理が適切に行なわれた結果と考えている。  

論文取り消しに関する特記

 筆者は今回の対象者の内から、連続追跡が可能な作業者(同一人)について検討し、尿中NAG活性に 1966年以後段差がある旨報告した。しかし、1966年の NAG活性測定値の突出値について棄却検定により検討を加えた結果、この段差は否定された。したがって、当該報告(J Occup Health, 2000;42:27-30)は撤回する。


研究費の交付
 今回の研究に対して、いかなる研究費の交付も受けていない。

利益相反
 報告すべき利益相反は一切ない。

謝辞
 文献収集とデータ処理では佐藤郁郎博士(宮城県がんセンター、病理部)の協力と助言が不可欠であった。改めて深謝する。作業者に関する諸検査結果の利用を快諾された事業所に深謝する。2001年に行われた水銀使用現場の詳細な気中水銀濃度の測定は、産業医学総合研究所の高屋博士らとの共同研究である。なお、今回対象とした作業者の尿・血液中水銀濃度の測定と作業環境中水銀濃度の測定は、筆者が東北労災病院在職中に嘱託として在職中の中央労働災害防止協会・東北安全衛生サービスセンターの業務の一環として行ったものである。


参照文献

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