1916年にドイツのバイエルン州ブルクハウゼンの森でワッカー・ケミー社が世界で最初にアセトアルデヒドの量産を始めた。同社では、有機水銀を含む透明な廃液と、カーバイドに水を注いでできる白い排泥(はいでい)とを混ぜていた。
スイス・チューリヒ大学のハインリッヒ・ ツァンガー教授(Heinrich Zangger 1874-1957)は、その 1916年に同社に行き、混合排泥に触れた従業員に「有機水銀」による「中枢神経障害」(ちゅうすうしんけいしょうがい)が起きていると判断した。アセトアルデヒドを製造すると、並外れた毒性をもつ有機水銀が複製する。そのことはヨーロッパの知識人の間ではすでに周知であった。しかし、ツァンガー教授としても、工場でそのような中毒が起きている現場に遭遇したのは最初であったと見られる。従業員の主な訴えは四肢の重苦しい感覚と疲労感、不整脈、頭痛、感覚の鈍り、目まい、吐き気、不定愁訴であった。 ヨーロッパでは、アセトアルデヒドを製造する初期の段階で、事業者も一般従業員も製造工程から生じる廃棄物が有機水銀を含み、中枢神経障害を惹(ひ)き起こすことを改めて認識した。したがって、以後ヨーロッパでメチル水銀中毒は発生しなかった。 1930年にツァンガー教授によって『産業病理学・産業衛生学叢書』(Archiv für Gewerbepathilogie und Gewerbehygiene)第一巻に「水銀中毒の経験」(Erfahrungen über Quecksilbervergiftungen)が発表された。それは、ツァンガー教授がそれまで様ざまな産業分野において水銀中毒を診て来た経験をまとめた「総論」(ツァンガー論文)である。前記ワッカー・ケミー社における有機水銀中毒の発生は、その第 IV 節等のごく一部に報告されている(アンダーラインで示す)。 日本窒素肥料株式会社がアセトアルデヒドを製造して有機水銀を流したのはこの「ツァンガー論文」が発表されて二年後の昭和七年(1932年)5月7日(土)からであった。 以下はツァンガー論文の筆者による謹訳である。 ◇◇ ここから ◇◇
I. ここ数十年産業の発展に伴って起きた様々な工業上の水銀中毒の症状、発生状況、原因(539頁) II. 様々な職業に関する実験的・科学的な調査。特に歯科衛生士の尿中や吸気中の水銀量の測定(543頁) III. ケーススタディの紹介。様々な職業分野における経験(549頁) IV. 水銀中毒のケーススタディ(551頁) A. 個別案件の概要。症状の種類、発生状況の多様性(労働者を医者に診させるような症状、仕事を止めさせるべき症状など) B. 水銀の特殊な作用、中毒の特殊な状況(原因の組み合わせ・複合) C. 稀な個別例の観察。様々な業種での観察。特殊な職業に伴うもの。腎炎再発に関する 25年間の観察。 家族の傾向、家庭内疾患 典型的とはいえない臨床像 様々な局在的な原因を複合した中毒 まとめ(559頁) I. 水銀中毒は、各国においてほんの数年前までは水銀が非常に特殊な用途のために用いられることによって、それぞれ特殊な状況で発生していた。今では、水銀の使用の実態と中毒の原因は、概観する限り、各国間でほぼ同じになっている。それでも、違いはあって、最も大きな違いは、やはり水銀の抽出・採取の手法にある。水銀は、鏡面敷設(フュルト市にある)といって、食塩水の電気分解の流動電極として工場で使用されたが、現在はあまり使われなくなっている。水銀及び水銀化合物はむしろ化学合成の触媒として使われるようになってきている(現在、水銀電池の数は再び増えてきている)。 今日水銀は、真空産業(Vakuumindustrie)で最も多量に使われている。そこでは主に水銀シールが今日の水銀中毒を引き起こしている。次に、大規模産業で水銀蒸留が行われており、また、歯科分野で水銀アマルガムが使われており、それらが水銀中毒の相当の割合を占めている。歯科における水銀アマルガムに関しては(いずれにせよ、それが各国でどのように使われているか、さらに調査をする必要はあるが)、水銀アマルガムは、それなりに代替品が開発されたものの、いまだに広く使われている。空気中や排水中、排泥(スラッジ)中への水銀の放出量も、まだかなり多い。 過去25年間の水銀中毒に関する経験とケーススタディ 水銀中毒は、症状から診断できる最も確実な病気の一つであると考えられている。水銀の急性の激しい中毒は、胃に飲み込んだ場合や、注射で打った場合(時には多量の気化した水銀を吸入した場合)に、症状には同じような特徴があることが分かっている: 強い脱力感を伴う吐き気、飲み込むときに腹部に強い痛み、すぐに唾液が出る、便意、血便、ふくらはぎのけいれん、尿蛋白、しばしば赤血球を伴う尿排泄と排尿量の減少および停止である。 水銀による慢性的な中毒は、しばしば、初期には落ち着きのなさと、痛みのないけいれんとして現れる。それらは、消化器系の障害や下痢、興奮、困惑、不安、特に夜間に起きる断続的なけいれんとして自覚されることがあり、後には非常に執拗な、なかなか収まらない震えとして自覚されることがある。時に震えがだんだん強くなるのを覚える者もいる。水銀中毒は、他の病気と共存することが非常に多く、他の病気自体が多様な症状を引き起こしていることがある。一方、多くの労働者は水銀の影響を受ける仕事を不快に感じるだけで離職して行くことがあり、客観的な症状としては、集中的に明らかな症状として現れない限り、長い間、水銀中毒として理解されることはなかった。 ストック(Stock)による水銀測定法の研究は、水銀を定量的に検出するうえで感度と信頼性を10倍から100倍に高めたので、この分野の研究に突破口を与えるものとなった [1]。この方法によって測定に不正確さが無くなり、多くの研究機関で、尿、糞便、組織中の水銀量測定が行われ、その正確さが証明された。しかし、症状のほうについては、重要であるが、すべてが解明されたわけではない。 - - - - - - - - - - - - 1. Stock, Die Gefährlichkeit des Quecksilbers und der Amalgam-Zahnfüllungen. Z. angew. Chem. 1928, H. 24, 663., Stock u. Zimmermann, Zur Bestimmung kleinster Quecksilbermengen. Z. angew. Chem. 1928, H. 21. - - - - - - - - - - - - - それでも、主観的にしか把握できなかった重要な症状が、ストックの測定法による研究の積み重ねによって、客観的な症状の把握へと進歩して行き、多くの場合に、その臨床的な意義もより確かなものとなっていった。 その結果から、特に精神的労働をしている敏感な人々は比較的に少量の水銀を摂取しただけで、疲労感、記憶力の低下、通常の仕事に大変な労力を要するといった症状を自覚することが示唆され、また、それらの障害が強くなって行くことなど、障害は先ず個人によって主観的に自覚され、それが後にゆっくりと慢性の既知の中毒症状へと移行して行くことが示唆された。それらの知見によって、これまでの多くの疑問を解明するために、客観的な重要要件として、様々な場所での中毒の可能性を探し、追求すべきであることが分かった。そもそも人の体質とは何か? また、それに対して純粋な水銀の作用とは何か? これまで数値的に解明されたのはどの程度か? 水銀にゆっくり恒常的にさらされることで神経症状を示し、パフォーマンスに大きな障害を覚える人がたくさんいることが何度も観察されてきた。それらの観察結果は、水銀の尿中への排泄量の変化と完全に平行していることが分かり、定期的な測定によって改善が見られている。(参照:Fleischmann, Klin. Wschr. 1928)。 水銀への被ばくから人を守る方法や水銀の発生源の見つけ方は実に様々で、個々のケースでそれらの方法は異なっている。工場や実験室での水銀作業時の頭巾、実験室の床の取り換え、歯科医院の床の水銀アマルガム残留物の除去などである。(Binzegger, チューリヒ大学「学位論文」1928)。 一方で、ストックの測定法で見出されたほどの微量の水銀が人に中毒をひき起こすはずがないとして否定されることがある。他方、主に歯科医によって、都市部では人口の半分が歯に水銀アマルガムを埋めているので、水銀中毒が起きているはずはないとして統計的に否定されたこともある。しかし、敏感な人びとや、主に教育を受けた多くの人々は、神経反応が細かく分化しており、水銀中毒の慢性的な症状が現れる前であっても、不穏な前症状のまま数か月、あるいは、数年間、そのままの状態であり続け得ることが見落とされていた。 水銀中毒の症状が軽ければ「尿中にはごく微量」ということになるが、それでも、最近の優れた測定方法で毎日の尿から検出できる水銀分子の量を考えると、10 13-14 分子、すなわち、1立方ミリメートルで体内に均一に分布する場合、一日の尿から検出できる量としては数 10万個の水銀分子が体外に出てくることになる。その多くの症状は通常は体内に起きているのである。この量の水銀排泄物が何か月にもわたって(ただし、鉛の場合よりは短いが)確認される。(ただし、1立方ミリメートルには10 15-16 個の分子がある。) 中毒の診断が高い重要性をもつことは、対策の必須条件である。 タスクの概要: 30〜50年前、傷口の消毒に昇汞(しょうこう)が多用されていたため、当時昇汞の危険性は過小評価されていた。当時の経験では、水銀が傷口から侵入することによって中毒は間違いなく起きていたのであり、特に産婦の子宮への吸収は、激しい致死的な中毒を引き起こしていた。やがて、そのような消毒は避けるべき悪しき行為とされる時代がやってきた。 30年前の産業界における水銀の使用は、現在と比べるとごく少ない業種に限られていた。当時、水銀鏡の生産はすでに減少していた。水銀温度計や気圧計の生産も少量に限られており、火焔式金メッキ法はすでに電気メッキ法に取って代わられていた。毛皮の染色も今よりずっと少量に限られていた。真空工業はまだ始まったばかりであった。ただし、雷汞(らいこう)火薬はまだ広く使われていた。 私の観察によると、当時のある水銀中毒は、ナトリウムを製造するために水銀を負極として敷き詰め、その水銀負極を流動させて食塩水を電気分解する工程で起こり、重症化したものであった。 水銀の蒸留による精製や、水銀を用いた火焔による鍍金加工は、急性および慢性的な水銀中毒を引き起こし、それらは、イドリア鉱山、アミアティ鉱山における蒸留炉の作業にも見られた(Giogli)。 水銀ポンプを使う産業がどんどん広がっていった。私は25年前、小さな電球工場で初めて大規模に水銀中毒が起きているのを見た。その数年後には、大量の水銀を触媒として使う(アセチレンを用いた合成)で見られるようになった。さらに様々な形態の真空装置技術の発展とガス調節器の技術の発展に伴って中毒が見られるようになった。 近年では蒸気や暖房用ボイラーの空気供給量を調整するために大量の水銀が使用されている。(例えば、4キログラムの水銀を含む 10台の装置を、同じ工員が 1週間で洗浄し、再び組み立てなければならない。)まれに、このような自動水銀調整器を備えたオートクレーブを分解・洗浄した後に水銀中毒の症状が出ると、水銀中毒も職業病=労働災害として認識されるようになってきた。 水銀中毒の最近の例を見ると、他の多くの物質と同様に、水銀中毒の重要性が医学的に解明されないまま、単に産業の発展に伴って工業的な分野にますます浸透しているという点で、特別な重要性を持っている。 私が観察した水銀中毒の例は、発展しつつある特殊な産業分野に水銀中毒の危険性が重点的に存在していることを示している(非常に多くの場合、中毒の症例数は驚くほど大きな時間的変動を伴っている)、さらに、同じ国のかなり多くの場所で、水銀の全く異なる用途に伴う特殊な中毒が発生しており、疑わしい症状が確認される場合にはやはりその現場も検証しなければならない。 例: 個別案件を抱える業界: 水銀を用いる医薬品の製造、歯科用製剤、軟膏の製造、水銀製剤(薬用および寄生虫用)を業務上保存したり、使用したりすることに伴う中毒(多くは複合中毒)がある。さらに、水銀を用いた調節器具の洗浄や組み立て、金メッキ作業、アンプ作業などでも中毒が発生している。世界中で、水銀が触媒として使用されるようになっており、例えばスラッジから分離され、蒸留によって精製を繰り返さなければならない場合に多くの水銀中毒が発生している。主にアセチレンを使用した合成化学の大規模な新しい産業においても起きている。またとりわけ、多かれ少なかれ環境と連通して加熱される水銀シールをもつあらゆる種類の真空製品を扱う分野でも起きている。 20年ほど前から蒸気ボイラーの調節器具として大量の水銀が使用されており、その洗浄で中毒が起きている。 II. ストックの水銀測定法が知られるようになってから、私たちはすぐに司法医学研究所と歯科学研究所で調査を行った。 科学的・実験的な調査 同大学の歯科学研究所(ヘス(Hess)教授の研究室)と共同で、我々は水銀の危険性が考えられる特定の区切られた職場環境について、様々な観点から体系的に取り組んだ(Binzegger 学位論文 1928年)。我々はその結果を 1927年12月7日にベルリン内科学会で、フライシュマン(Fleischmann)の講演に続いて、有機合成工業(触媒としての水銀)での経験と、特に、食塩の電気分解でナトリウム製造時の流動電極として水銀を使用した初期の経験との比較について報告した。さらに最近の整流器や特殊部門での危険性、他の物質との中毒の組み合わせ等についても報告した。討論では、多くの水銀中毒の調査の経過に見られる特異性が指摘された。それは、水銀定量のより正確な新しい方法が生み出されて以来、その方法を正しく用いることによって、多様な場所で長く丹念な調査が開始され、この問題全体を量的に確実なものにして憶測の段階から引き上げたということであった。他のどの分野でもそうであるように、ここでも定量科学的な医学の原則が徹底され、数年のうちに十分な科学的解明がなされ、その方法が示されている。質問はその解明の手ほどきに関することであった。 その会議の論文や各医学雑誌の論考を読んでいて特に印象に残ったのは、各論文が全く異なる側面に重点を置いていることであった。水銀の吸収と中毒の発生について複数の可能性があるとして事例を指摘するもの、特に銅アマルガムの危険性を指摘するもの、個々の産業における水銀の増加と拡散を指摘するもの、人によっては神経系が特に敏感であり、その症状を水銀中毒と見なさざるを得ない明らかに驚くほど様々なパターンがあることを指摘するものなどである。 以下、歯科衛生士が歯科材料の加工を行ったとき吸った空気 および尿の分析を例に挙げ、その大半は自覚症状が全くないか、あってもほんの少しであったことを紹介する。 作業部屋の空気分析結果
換気が少なく、水銀アマルガムを用いた歯科技工が長い間行われている歯科技工士室(M、N)など、様々な作業場の空気を調べる必要があることが分かった。水銀アマルガムをごく最近使うようになった歯科技工士室(A~D)があり、数年前から使っている歯科技工士室もある(L、M)。 水銀中毒が、ある研究所で最初のケースとして検討された: A博士: 大規模な化学産業の化学者。強い倦怠感と記憶障害があり、働く意欲を喪失する。感染症も糖尿病もない。仕事に戻ると、直ぐにではなく数週間後に再発する。検尿は長い間隔で2回、それぞれ5リットルについて行ったが、1リットルあたり水銀量は 0.01ミリグラム未満であった。B博士(女性): 疲労の一般的な症状。 医師は歯科用充填物の水銀による中毒を疑っている。尿の検査は 5リットルについて完全に陰性であった。総合病院から紹介された、これに似たケースがあり、水銀は存在するが、0.001〜0.01 ミリグラムであり、その発生源は不明である。歯科用充填物はない。 アメリカの方式でアマルガムを加工する歯科医院の補助作業員(女性): 最初から調子が悪そうで、歯科医に言わせると、どこか不注意な人だったらしい。約 1年後、彼女は内科の講師のところへ行き、非常に顕著な慢性水銀中毒と診断された。その際、尿の検査は行わなかったようだ。その後、この患者は総合病院で受診し、4ヶ月後にその総合病院から当院に紹介された。尿中の水銀はやはり陽性だった。しかし、尿1リットルあたり0.1ミリグラム程度に過ぎなかった。このケースは、おそらく法的・医学的な観点からも重要であろう。なぜなら、その補助作業員が歯科医師に対して損害賠償請求訴訟を起こしたのだから。 このように、水銀アマルガムを手で揉んだり練ったりして、ほぼ亜急性のあるいは慢性的な水銀中毒について、すべての症状を呈した顕著な例を別にすれば、我々はごく少数の顕著な症例を診たに過ぎないのである。 - - - - - - - - - - - - - - 対応する尿検査の結果
大規模な真空産業で、特別室に勤務する作業員: 診断未確定。 2.5リットルの尿中、1リットルあたり 10ミリグラムの水銀を検出。 木目調セメント床の最上層部を調べたところ、大量の水銀が検出された。 歯科医 M: 55歳で比較的急速に震えが出現、興奮性と不安がある。抑うつはない。疲労感が大きく、労働意欲がない、主観的にも客観的にも目立った記憶障害はない。古い印鑑を多く使っており、銅製の印鑑もある。尿を 5リットルずつ 2回検査した。水銀は 0.01 ミリグラム以下。1年後に水銀は検出されなくなったが、症状はあまり改善されていない。 歯科医S(女性): 神経科医に紹介される。歯に詰め物。尿中水銀は確かに 0.001ミリグラム未満。それ以外は不明。 (このような、何の参考にもならないケースを多数調査する必要もあった。) ある歯科医は、1つの部屋で複数の水晶ランプを使用していた。この部屋と、下の治療室とをつないでいる少し高い部屋とで、彼自身は毎日何時間も働いていた。その約1年後、疲労感と不快感が強くなり、ぐったり感、落ち着きのなさ、記憶力の低下、集中力の低下が自覚されたため、原因を探ることになった。第三者の同僚から水銀灯(紫外線)を指摘された。その同僚が「関連性が考えられないか」と聞いてきた。私は水晶ランプから水銀の蒸気が外に出ることはなく、吸入した空気に水銀は含まれていないと考えられるため、最初はその可能性を固く否定していた。 当時、水銀は水銀灯以外には使われていないこと、水銀灯は壊れていないことに注目していた。その後、ランプを譲り受けた。ランプのリード線の挿入口は、非常に高温になる光源に極めて近く、この2つの挿入口には比較的多量の水銀があり、機密状態となっていない。つまり生活空間とほとんど連通していることに気が付いて私は驚いた。 尿検査は陰性であったが、その時は 0.1ミリグラム以下は検出されない感度であった。当時はまだ、ストックの正確な測定法が行われていなかった。このランプを密閉性の高い新製品に交換すると、同じように使ってみて完全に症状が消えた。症状はその後 2年以上全くない状態が続いたが、再発した。調査の結果、水晶ランプの1つがその間に不良になり、水銀の機密性が不良になっていることが分かった。 以下、尿中水銀検出の経験を概観すると同時に、様々な分析結果について因果関係の証明に関する評価を行う。なぜなら、我々の経験では、決定的な要因に対する注意がおろそかにされているために、誤った解釈が頻繁に行われるからである。 我々は 15年前、ある大規模な工場において、技術的には簡単だが、あまり正確ではない分析方法を用いて、どの工場のどの部門で水銀が多く吸収されているかを検討し、客観的に証明することを具体的な目的としたことがある。 その方法は、簡単に比較値が得られたため、今まで使われてきた。現在でも、水銀を扱う部署では、全作業員の尿を根気よく調べている。水銀の危険が及びやすい部門では、水銀のない屋外環境での作業期間(1〜2か月で交替)を設けているが、今日まですべての労働者の尿は、水銀の危険が及びやすい部門で就業している間に定期的に検査されており、また、特定の作業が工場の監査医師に危険に見える場合には、より頻繁に検査が行われている。 分析結果をより系統的に調べてみると、全く同じような水銀吸収条件下でも排泄量に大きなばらつきがあり、水銀作業から離れるときの排泄の間隔にもかなりのばらつきがあることが顕著である。ほとんどの作業者は、体調不良の症状もなく、水銀作業を離れて約 1か月後には、排泄する水銀量は 0.1 〜 0.01ミリグラムである。 しかし、尿中の水銀を系統的に調べることは、産業病理学的に大きな意味をもつ。それには大きく分けて2つの理由がある。 1. 尿中に水銀が何度も見つかるということは、水銀の摂取を意味するので、その原因を探らなければならない。 2. 水銀作業で水銀排泄が見られなくても、様々な、しばしば重大な見落としがあり得る。 複数の従業員が腎障害となり、尿検査を行った結果、陰性(水銀ゼロ)が確認されたことがある。特に、重度の貧血でうつ病になり、不摂生が目立つようになった労働者で、一連の陰性所見が得られたことがある(閉尿)。たとえ尿中の水銀が陰性でも、それは水銀が吸収されず、体内を循環していないことを証明するものではなく、また、水銀中毒が確実にないことを証明するものでもない。また、水銀のこの体内保持の重要性については別の場所(p.542頁)でも言及した。 同じ作業をしていても、水銀の排泄量が少ない労働者は重病になり、回復に時間がかかることが多い。一方、水銀の排泄量が多い労働者は、仕事を始めて数日後には直ぐに比較的多量の水銀を排泄し、仕事を中断する(水銀吸収のない作業へ交替する)までは、吸収と同量が排泄されるので、体内に留まり濃度が上昇しないことが長年にわたって観察されている(最長 20年までの私の観察結果)。水銀排泄量陰性という結果は、最新の方法で何度検査しても水銀が検出されない場合にのみ、臨床所見として何かを証明することになる。陽性反応が出た場合は、梅毒の治療をしていないか歯の詰め物がないかなど、他の水銀源を除外する必要がある。(梅毒治療のケースでは、同じ職場で何人もの労働者が発症したため、水銀中毒が保険金請求の対象であるとその後認められたことがある)。退職後も尿中の水銀が陽性であること、症状に関連して排泄が減少すること、周期的に起こることなども重要な知見である。 したがって、よくあるように、尿中の水銀所見を、他のすべての要因を考慮することなく、商業的水銀中毒の「証拠」とみなしてはならない。同様に、単一の陰性所見をもって水銀中毒がないこととしての絶対的証拠とみなしてはならない。 尿検査: 水銀の検出(1915年以来の古い方法)。 400ccの尿を100ccの濃硝酸で100~150cc程度に濃縮し、水で300~400ccに希釈する。得られた溶液を 8〜12時間電気分解する。薄くメッシュ状にした銅の金網を陰極とし、白金板を陽極とする。電流の強さは1~2アンペアとする。電気分解が終わると、銅の金網を取り出し、まず水で、次に無水アルコールで、最後にエーテルで洗って丸める。片側を溶かしたガラス管に入れる。ガラス管は、長さ10センチメートル、太さ10ミリメートル程度とする。そして、ガラス管の開放端から引き出して銅の金網で毛細管を形成し、炎の中で最初は少し、次に強く加熱する。銅の金網に付着した水銀は昇華し、管の冷たい部分に析出する。水銀を可視化するために、今度は赤色のヨウ化水銀に変化させる。このため、毛細管と反対側の部分を折って、ヨウ素の蒸気が充満した試薬に管を浸す。水銀は、多かれ少なかれはっきりと見える赤味として目立つようになる。(この操作で管内にヨウ素が蓄積した場合は、1~2時間待ってから評価すると、ヨウ素が蒸発してヨウ化水銀の着色領域が残る)。 水銀中毒の重症度を評価するため、当工場では約 15年前からこの方法で次の尺度を導入している。 400 ccの尿中に 0.5 ~ 1.0ミリグラムの水銀があると「強陽性」。 400 ccの尿中に 0.25 ~0.5ミリグラムの水銀があると「陽性」。 400 ccの尿中に 0.25ミリグラム未満の水銀があると「微量」。 水銀中毒になった労働者は、尿から水銀が検出されなくなるまで職場から離される。それは通常4週間程度である。 尿は病室で採取され、まずタンパク質などが分析され、その後化学実験室に送られる。尿は化学実験室で水銀の分析が行われる。分析結果は病室に転送され、患者の病歴として記録される。これが医事課から作業現場へ連絡される。 実験室a: 空気中の水銀レベル0.308 ミリグラム/立法メートル。 その後、実験室の壁と床を硫化水素で洗浄した。換気装置を設置して運転し、壁と天井を白色エナメル塗料によって再塗装し、ベルトを通して使う木製の物入れをアスファルト乳剤に含浸させた後、空気中の水銀は検出されなくなった。 実験室 b: この部屋に水銀アマルガム真鍮管が収納されていた。空気中の水銀レベル0.158 ミリグラム/立法メートル。真鍮管を取り除き、壁や床を実験室aと同じように処理したところ、水銀のない空気となった。 実験室 a と b の間にある事務室c: 空気中の水銀レベル0.253 ミリグラム。この部屋も a、b と同様に処理した。 旧水銀蒸留室: 空気中の水銀レベル0.593。(この作業室はしばらく全く使用されていない)。 該当室で作業している労働者の尿中水銀濃度 実験室aの実験者A(男性): 1926年3月21日の水銀量0.07 mg/L、1926年12月7日 0.043 mg/L、硫化水素(バーデン熱水)洗浄後 0.013 mg/L、1930 年換気導入後 0.009 mg/L。 実験者B: 実験室 aとc を兼務。1926年6月28日の尿中の水銀量 0.044 mg/L、1927年9月27日 0.023 mg/L、硫化水素洗浄後 0.011 mg/L。 労働者D: 1927年12月7日、あらゆる改善と個人衛生の改善の後 0.02mg/L。 労働者E: 1926年6月24日の水銀量 0.066 mg/L。 D.と同様に改善導入後0.01 mg/L。 測定はすべてストックの方法に従って分析した。改善策を導入してからは、軒並み尿中水銀の排泄量が減少した。 III. まだ新しい真空産業の分野では、水銀は封止剤、排気剤、分子ポンプなどの主材料として欠かせない存在である。 真空産業は国によって扱う装置は異なっているが、共通しているのはどの国でも水銀を使わざるを得ないということである。 現代において真空産業の分野で重要となりつつある特殊部門では水銀が広範に使用されている。電気分解用の大型整流器、路面電車、鉄道その他電気駆動が利用できるすべての分野で水銀が使用されている。 私は、アセチレンと水銀を用いる化学合成の過程で、水銀を触媒として使用するとき水銀が中毒を起こす現場に初めて遭遇した。そのような工場では、水銀は酸化物として扱われ、床や壁、隙間に赤い酸化物として付着していることがある。そして、水銀は酸化の過程で放出されたり、直接水銀として蒸発したりすることもある。 水銀はその性質上、アセチレンの不純物であるホスフィン(リン化水素)、アルシン(砒化水素)、硫化水素、そしておそらくケイ酸水素にもよく反応する。水銀の一部は、そのような反応によって、水銀を非常に多量に含んでいても、水銀の含有量がまったくわからないスラッジ(汚泥)となって沈殿する。スラッジは、どこにでも付着する。それは、衣服を汚し、手を汚し、長い間「無害な汚れ」とみなされることが多い。 特に新しい工業プロセスが開発されている現在、水銀中毒は他の形でも起きる可能性がある。特に有機水銀は、アセチレン工業でも生成され、それは揮発性をもち、一部は排水に入り、製品の中に入り、アセトアルデヒドや低級アルデヒドの中に入り、酸化合成の段階で排水から蒸発し、高温排水から空気中に入り込む可能性がある。最近では、高級アルデヒドも抽出され(クロトンアルデヒドから酪酸、ブチルアルコール、エステル)、塗料の溶剤として加工されている。 十五年前に、私はそのような工場に行き、特に金属水銀を直接扱っていない部署で水銀中毒が発生し、 2名の監督者に心臓の障害が長く続く症例を私は見たことがある。血圧が下がり、動悸が活発になったが、数ヶ月で完治し、今日まで完全に健康な状態を保っている。有機水銀中毒とアルデヒドの作用には関連性があるようであり、これは割合こそ不明であっても複合中毒として否定できない。 純度の高い水銀を必要とする産業において、水銀スラッジからの回収工程や、強い加熱・蒸留を伴う精製工程は、特に中毒の危険性が高い。水銀中毒、特に尿中への大量の水銀の排泄は、いつも蒸留部門や汚泥処理部門で、見かけは健康そうに見える人たちに見られた。 そのような蒸留室やその周辺では、ドアでつながったとたんに驚くほど飽和状態に近い水銀蒸気(多くは 1立方メートルあたり10〜20ミリグラム)が漂ってくる。この水銀蒸気による中毒は、特に水銀スラッジの様々な処理工程、最近では主に消石灰との分離工程、次いで加熱と蒸留による処理工程に伴って起きている。このスラッジを分解・蒸留塔に充填するなど、スラッジを扱わなければならない作業員は、みな驚くほど大量の水銀を尿中に排出しているが、多くの場合に自覚症状はない(1日 10 〜 30 ミリグラム、多いときは 50 ミリグラム)。 フライシュマン(Fleischmann)は 1927年12月7日にベルリン医学会での講演で、工場労働者がしばしば通常の何倍もの水銀を排泄しているが、症状としてひどくはないこと、また他の水銀中毒の症状を示す人たちが、シリング(Schilling)教授も指摘するように尿中の水銀が目に見えて減少し、それと同時に健康になっていることに注意を促した。水銀中毒は、初期には血球数が多少変化していることが多く、リンパ球が増加していることもあるが貧血を伴っておらず、それが重い症状の前兆かどうかはまだ判断できないので、長期間の系統的な調査が必要である。 水銀の代替は多くの分野で全く不可能である。どこの国でも閉鎖循環型の工程を目指しているが、有機水銀のスラッジが混在していることが当面の障害になっている。 水銀の危険性がいかに軽視されていたかは、20年前など、しばらくの間、工場に蒸留塔を設置するのが一般的だったことからもわかる。蒸留塔は次第に板で囲われ、専用の煙突が取り付けられ、工場の部屋に残らないように外に排出されるようになったのは、多くはずっと後になってからである。 IV. 最初に指摘することとして、水銀は、他の多くの物質、特に揮発性の有機物質と結合すると、驚くほど頻繁に労働災害として中毒を発現することがある。私はすでに 1916年に、水銀と接触する 4種類の異なった作業を行っている工場で、ほぼ明確に 2つのグループに区別できる症状が発生していることに気が付いた。その二つのグループとは、無機水銀中毒のグループと、もう一つは神経系に影響を及ぼすより有機水銀中毒のグループであった。もちろん、非常に多くの労働者が両グループの複合型の症状を呈していた。 そして、1929年のさらに 50例における症状の記述について、ファイル中の主観的な情報と、作業内容と作業現場とを比較した。当該工場では主に酸化物などの無機水銀に問題があり、歯茎の腫れ、歯茎からの出血傾向、腸の障害、便秘、場合によっては腸からの出血、食欲不振、貧血、しばしば脱力感、けいれん、しばしば肝臓まわりの圧痛、時に震え、体重減少などのよく知られた慢性水銀中毒を生じていた。このグループでは、しばしば尿中に断続的に蛋白が認められ、時には白血球増加も見られた。 これらの症状は、水銀蒸留における中毒とよく似ている: 健康な労働者の水銀排泄量は、非常に高いレベルまで上昇し、深刻な症状なしに長期にわたって毎日の尿中に 20 (最大50)ミリグラム以上が定量的に検出されることがあり、それは驚くべきことであった。 この種の無機水銀中毒とは対照的に、たとえば無機水銀中毒の特徴である歯茎の腫れの症状がほとんどないような患者でも、手足のはっきりとした疲労感、不整脈、ときおり起きる四肢(しばしば大腿部、まれにふくらはぎ)の重くるしい感覚、頭痛、感覚の鈍り、めまい、嘔吐、不安、汗かき、さらに、前記の無機水銀中毒のグループの場合よりは軽い体重減少などの症状が見られた。下痢、便秘、強い腹痛、および単純な神経過敏などの症状もやや見られた。また、しばしば睡眠障害が現れ、多くは性欲が極度に衰える。さらに比較的多く紅斑が見られた(紅斑は 1915年から1917年の間にポメッタ博士によってしばしば観察された)。これらの患者が働いていた工場部門では、いくつかの本質的に異なる物質からの作用が組み合わさって現れているのが特徴的であった。あるときは遊離したアルデヒドの影響、とりわけクロトンアルデヒドの影響である。しかし、空気中から有機水銀化合物が血管に侵入したことも考えられた。これらの化合物は非常に有毒であり、とりわけ中枢神経系に対して有毒である。 これらの工場で副生した水銀を含むスラッジを取り扱う労働者は、前述の場合とよく似た症状を示した。ところが、これらの人びとには口内炎のような無機水銀中毒の症状はめったに見られなかった。代わりに、中枢神経系障害や、腎炎を伴わないかなり重い奇妙な貧血などが起きていた。 特に修理作業、水銀を含む金属のはんだ付け、蒸留作業、すべてのスラッジ処理、炉の清掃、煤煙除去の際に、作業者がかなり高い濃度の水銀の蒸気にさらされることがある。 それらのグループでは、震えと汗かきが頻繁に起こり、四肢は湿っていて血色がなく、時に動悸があり、腹部のへその上に圧痛があり、また切迫した尿意がある。特にスラッジ処理をしていると、突然、低血圧を伴う激しい疲労感に襲われることがよくあった。それには年齢も大きく影響するようである。水銀リスクのある工場では女性は働いていなかった(Burgener の論文を参照:「水銀を用いる工場で働く作業員の排泄物管理に関する定期検査結果」)。 工場労働者の水銀排泄量は個々のケースでも大きく異なっており、過去 24時間の摂取量と排泄量との関係性の有無はまだ調査さえできていない。(薬物中毒の患者やスラッジを浴びた患者の排泄速度は詳細に検討した)。- 腎炎を起こさない場合は、1日 60 〜 80ミリグラムまで分析できたが、原因不明の変動があり、特にスラッジ労働者では長期間滞留することが観察された)。 個別事例:水銀作業前は全く健康であった人が、医者にかかるきっかけとなった初発症状の差異に注目して、個別事例としてまとめた。この人たちは農場出身で、昔はこのような産業とは無縁の人たちである(ファイルによって 50人の労働者の状態や訴えのバリエーションが示されている)。 G. 1882: 歯茎から出血。神経痛;震え、頭痛、脚特に大腿部に痛み。現在、神経の圧迫痛はない。様々に変わる紅斑。 V. 1884年生まれ(以下単に年を記録): 歯茎の腫れ、胃腸障害、細かい震え、脱力感、興奮(酒飲み)。 Z. 1882: 歯茎の出血、喘鳴、食欲不振、腹部の強い痛み、血便。 Z. 1901: 失神、胃腸の不調、歯茎の出血。 M. 1899: 水銀作業を始めて間もなく(3週間後に)腎炎になった。治ったが再発した。離職して 4年間は在職時の 60%の年金(補償金)、それ以降は 20%に減額。 S. 1882: 専ら合成の仕事。めまい、頭痛、心臓障害、歯茎は正常、消化不良は少ない、動悸、少しの労作で動悸が激しくなる。 B. 1884: 不眠、食欲不振、脈が速い、口内炎の予兆。 G.: 強い唾液分泌、急性で重い歯肉炎、歯茎の過敏。原因を究明し、歯の一部を切除した。原因: 短期間のうちに、水銀を用いた蒸気ボイラーの調節器など 15個の器具を分解、洗浄して組み立てを行ったため。その後、完全治癒した。 S. 1882: もともと健康。オートクレーブの洗浄、水銀を用いる部品、圧力計の洗浄を 5日間行った。5日後、重い口内炎、消化不良、下痢。便秘なし。 G. 1906: 激しい腹痛、便意、ふくらはぎの痛み。痛みは大腿部に少ない(E)。 H. 1896: 蒸留塔での仕事、激しい倦怠感、頭痛、衰弱、胃腸の障害。数週間で、やせ衰え、アルブミン尿。この仕事では、1916年から 1922年にかけての症例のほぼ半数がアルブミン尿や腎炎があったようである。 R. 1890: 激しい疲労感、胸に震え、全体的に衰弱している。スラッジ処理やスラッジ輸送、蒸留に大きく関わっていた。尿タンパク。 Z. 同じ仕事:めまい、失神、疲労感、急な体重減少が数か月間続く。 A.: 胸の圧迫感、手指の震え、興奮、息切れ、タンパク尿が2か月続く。 G.: 胸の圧迫感、めまい、だるさ、6キログラムの体重減少。アルブミン尿。 B. 1905: 歯茎から出血、腹痛、失禁、便秘、脚の痛み。 B. 1853: 歯茎の腫れ、出血、体重減少、無力感、老化が早く見える。傷口からの破傷風で死亡。 R. 1890: 鈍麻、心臓障害、チアノーゼ、痩身、胃部不快感。歯肉炎なし。 化学薬品工場:水銀を含む軟膏の製造。 工場の詳細の記録はない。 唾液が出る、数週間働くとひどい口内炎ができる。 I. 1880: 歯茎が赤青のまだら、体調不良、短期間アルブミン尿(病中溺死した)。 St. 1898: 不眠、疲労感、リウマチ痛、貧血、腹痛、十二指腸潰瘍の疑い、粘膜の炎症、回盲部の痛み、神経炎。その後、吐き気、嘔吐、便秘。印象的な黒い便が何日も続く。 G. 1906: (電気分解)。腹痛、疲労感、便意、ふくらはぎの痛み。 H. 1896: 頭痛、倦怠感、衰弱、アルブミン尿(出たり出なかったり)。 R. 1890: 疲労感、長い組立作業中の不安、強い脱力感、たんぱく尿。 G. 1883: 水銀ハンダ作業。唾液の分泌、噛む力が弱い、失神、動悸、心臓の拡張、喘息の症状、腰の痛み、タンパク尿、ネフローゼ。治癒しても、水銀作業を始めると再発する。 D. 1900: 虚弱、胃部圧迫感、やせ衰え。最近、非常に興奮している。性欲減退。 M. 1896: 鈍麻、めまい、頭痛、不眠、圧迫感、しばしば吐き気(アルコール依存症?)、歯茎が赤い。 K. 1896:歯茎から出血、腹部の痛み、下痢、便秘、胃の圧迫感、顔色が悪く、断続的にアルブミン尿の痕跡。 R. 1880: 歯茎が緩み、食欲不振。 D. 1898: 清掃作業。疲れやすい、歯茎から出血。震えはない。性欲減退、顎骨周囲炎。 W. 1876: 作業環境のガス臭に不満。おそらく酢酸ガスだろうが、水銀作業ですでに喉頭炎になっており、それが酢酸ガスで悪化している。 J. 1877: 興奮し、弱々しく、記憶力の低下、めまいを訴える。アルコールは飲まない。震え、不眠、あらゆる発言に敏感に反応する、タンパク尿。ミショー(Michaud)が1925年に診察している。1926年再発。 揮発性が高い化合物及びその他の物質 H. 1891: 鈍麻、同時に興奮、血の気のない歯茎、ここ数年の体重減少、口内炎、唾液分泌、深刻な蒼白。 B. 1872: 落ち込み、食欲不振、緋色ではしかのような発疹、歯茎の腫れ。 A. 1895: 落ち着かない、寝汗をかく、胃腸障害、性欲がない。口内炎はない。下痢はない。 H. 1896: 頭痛、腹痛、高血圧、腎炎、タンパク尿 1 ~ 6 %。年金20%生活中に血圧上昇。1日あたり 20 ~ 25ミリグラムの水銀を排泄、血圧 105/70に低下した。残留窒素 40ミリグラム、6日後に同じ職場で再発した(同じく息子 Hも)。 N. 1897: 吐き気、頭痛、足の痛み、震え、すでに3〜4日経つ。 Z: めまい、腸の障害、疲労、急な体重減少、顔色が悪い、歯茎の腫れはない。 R. 1895: 疲労感、胸の圧迫感。便意を催し、嘔吐する。歯茎はほとんど正常。 E. 1883: 下痢、便秘、衰弱、断続的なアルブミン尿、2キログラム減量した。歯茎は正常。 S. 1903: 頭痛、めまい、倦怠感、足の痛み、下痢、発汗。歯肉の障害はない。 St.1897: 鈍麻、めまい、非常に不安、顔色が悪い。 S.:「この仕事で頭痛がする」と訴える。 R. 1902: 噛むと痛い。歯茎にはほとんど変化がない。 A. 1899: 激昂、発汗、体重減少、足が非常に重い、心臓の障害。 F. 1905: 発汗、足の痛み、非常に疲れやすい、震え、食欲不振。 A. 1898: 鈍麻、下痢、心臓の障害、大腿部の痛み。 F. 1888: 震え、下痢、体重減少、上肢と下肢、ふくらはぎの痛み。 K. 1904: 胃部圧迫感、鈍麻、恐怖、震え、不安、下痢。 N. 1905: 鈍麻、噛むと痛い、腕や脚の痛みとだるさ、歯茎が少し緩んでいる。 K. 1889: 失神、めまい、嘔吐、強い胸部圧迫感、動悸、汗をかく、体重が減る。 I. 1891: 失神、頭痛、めまい、食欲不振、足が重い、歯は咀嚼しても痛まないが、圧力に敏感である。 M. 1907: めまい、嘔吐、腸の障害、体重減少。 W. 1884: 顔色が非常に悪く、常に疲れやすい、気力がなく、臆病になり、いらいらし、同時に人見知りをし、遠回りして医者へ行くようになった。 短時間に3つのかなり類似したケースが見つかる。 M. 1896: 不眠、神経質。震えはない。路上の穴に足を踏み入れたような脚の痛み。仕事を変えてビスコース工場に来た。再び神経炎のような痛みがあり、歩行が不安定になる。 M.: めまい、倦怠感、脱力感、歯茎から出血、歯のぐらつき、吐き気、タンパク尿、7 ~ 8キログラム減量、ビスコース工場へ移動。 詳細:手足が離れているように感じ、 さらに細かいことを言えば、まるで道が凸凹しているように感じる。性欲減退。 特に非典型的な臨床像 27歳作業員、タンクの修理作業。疲労感、興奮、歯茎からの出血、震えはなく、症状がひどい時期にもタンパク尿がない。数週間、まったく勃起しない。経過観察中、顎に顎骨周囲炎を発症し、重度のリンパ球増が見られた。 50歳の労働者、酸化水銀と抽出剤を使っての作業。また、アルデヒドや酢酸などのガスにさらされ、水銀作業で喉頭炎が悪化した(水銀中毒者の中には、長い間喉頭炎が見られた人もいた)。 53歳の労働者(修理工)、腹部の痛み、歯茎の腫れ、歯茎の出血、梅毒Ⅲのため補償金に該当せず。修正申告では、攪拌機、組み立て、解体、洗浄など、水銀に被ばくする場所で働いたこと、同じ作業で複数の労働者が病気になったこと、尿中に多くの水銀を排泄したことから補償金の支払い対象となった。 35歳労働者、リウマチ痛、衰弱。尿中アルブミンなし。歯茎は深部まで強く発赤し、出血しやすい。回盲部痛、しばしば黒色便をする。腹痛、嘔吐、しばしば吐き気、背骨の痛み、不眠。仕事を再開すると再発する。神経痛(腕、脚、神経叢)。尿に突然糖分が出ることがある。臨床像の変化の経験(Letulle 他)から、この症例は年金の対象となることが認められた。 現在、水銀部門の作業員は、水銀工場で1(2)か月、その後1か月交替して屋外で働いている。 この業界では、水銀を扱う危険な部署での作業者や清掃作業者は14日ごとに尿中の水銀を測定している。 一般に、腎臓の傷害は比較的数が多く、再発しやすいものや後遺症につながるものが比較的多く、年金の額はそれによってしばしば増減して補償される。彼らは、最初は一般的な症状を示している。興奮、不安、震え、めまい、睡眠障害である。より重症の急性期の約 30例では、一時的にタンパク尿が見られた。ほとんどの症例では,数週間で蛋白尿は減少したが、4症例では回復が不十分で、鈍麻、心臓の拡張、血圧の上昇、腎臓領域の圧迫感、頭痛が残った。これらの 4人の患者は、仕事に復帰しない限り、年々病気が悪化することはなく、2 〜 3年後には職業を替えたことによる逸失利益に対して15〜20%、しばらくして50〜60%の年金が支払われるのが普通であった。 例えば、いつまでも水銀排泄が多く、いつまでも蛋白排泄が多い(比較的簡易な方法で尿中に 20 ミリグラムの検出がある)ような 2例では、血液中の残留窒素が 100 cc 中 0.04 ミリグラムにとどまっていた(Roth による観察 1例)。 別の 2つの例: 50歳の男性、いつもは健康な修理工で、しばしばスラッジを扱った。約 8か月の仕事の後、記憶力が弱くなり、体力が失われ、何ごとにも興味が失われた。疲労感が強く、めまい、不眠症を訴え、言葉に敏感で、自宅でも何かと過敏になった。振戦が生じ、常にタンパク尿が見られた。退職した。(Michaud からの報告)。 43歳の労働者: 事故の後、工場で修理、はんだ付け、制御作業などの体力的に無理のない仕事に就いたが、工場内の様々な場所で働いた後、突然、唾液が止まらず、咀嚼困難、腎臓の圧痛、腰の圧迫感、衰弱、息切れ、尿 100 ㏄中 6 ミリグラムのアルブミンを呈した。心拡大が起こり、脈拍 76、震え、蛋白排泄が持続した。屋外での作業に切り替えた。ダイエットをしてもタンパク尿は減らなかった(Michaud からの報告)。 医師がどのように観察しているかは、場所によって非常にばらつきがあり、ある医師は臨床像を非常に正確に記録し、ある医師は水銀中毒患者の処遇に大いに不満を持っている。唾液分泌や歯茎からの出血がない非典型的な症例は、補償を申請してもほぼ例外なく不合格となる。また、遅発性振戦の症例では、水銀中毒の振戦は見たことがないとの指摘がなされ、多発性硬化症と判定されている。脚の痛みや神経症状が出た場合、ほとんど感染性多発性神経炎と見なされ、他の原因(金属を含むスラッジ、有機不飽和物質、溶剤など、このような工場でよく見られるもの)は無視される。化学的に複雑な工程や、火花が発生した場合に生成する物質などについてはあまり考慮されていない。 社員全体を観察していると、足の痛みなどが目立つ。大腿部よりもまれにふくらはぎの痛みが約 10%で観察され、便秘を伴う下痢が約 10%、歯肉からの出血と唾液分泌が 20 〜 30%(水銀塩作業では約 70%)、倦怠感、顔色の悪さ、興奮(体重減少)、不眠、頭痛が約 50 〜 60% 水銀以外の有機物質でほぼ常態的に見られると報告されている。全水銀工場の系統的検査で約 20~30%に一過性の蛋白尿、慢性中毒の約 2%に腸管出血が見られる。慢性腎炎の重篤な患者は約 3%が退職している。 水銀中毒による紅斑は数 %に認められ、それらを観察すると、神経炎症状を伴っていた。脚の痛みはほとんど、特別な圧痛感というわけでなく、重苦しい感じであり、暗闇の中で不安を感じる。 水銀が最も顕著または主成分である複合中毒。水銀部門に勤務する 42歳の労働者が神経質になり、眠れなくなり、道を歩くと穴に足を踏み入れるような感じがすると述べている。これは、6週間水銀作業工場を離れ、その後人工絹糸工場で働いた後、以前の落ち着かない状態に加えて不眠などの新しい症状が再び現れたものである。以前、めまい、脱力感、歯茎の出血、歯のぐらつき、吐き気、尿蛋白(Stähelin からの報告)を訴えたことがある。職種を変えた。当該人工絹糸産業における作業の化学的特殊性及び揮発性物質については、開示されていない。硫酸と 2つの未知の物質で、ある場所では卵が腐ったような、不快な臭いがすると言っている。この新しい職場で 8キログラムの減量。足や腕が落ちてしまいそうな感覚、道を歩いていると地面が揺れているような感覚、穴に足を踏み入れているような感覚があるという。性欲を完全に失う。 他の作業員も強い脱力感でめまいがするため帰宅させられた。彼らはこの作業を始めて以来、特に収まらない悪臭について訴えていた。 (このようなケースは却下されたが、申請書には「ほぼ産業障害に近いと思われる」と医師が記している。) - 水銀を扱う仕事があり、やや異常な労働による神経の緊張で、水銀性神経炎を起こしたと推測された。よくよく調べてみると、金属水銀だけでなく、水銀が多く混ざった有機スラッジを扱うこと、スラッジで汚れるとそれをガソリンとベンゼンの混合液で洗浄していること、アルコール、エーテルなどで洗浄していることなども判明した。したがって、おそらくは、部分的に経皮的で、あるいは相当な多発性毒性による多発性神経炎である。 様々な産業において、全く異なる随伴物質や有機化合物(有機金属揮発体など)が関与している可能性があり、有機揮発物質はあらゆるところで毒性を高める(つまり、薬用濃度でも毒性を示すようになる)。 排泄が摂取量と釣り合わない労働者は、排泄しやすい労働者、たとえばはるかに多く排泄する労働者よりも、尿中の排泄量が少なくても突然重症化する可能性がかなり高い(同作業における排泄比率の予備検討による;この問題はブルゲナー(Burgener)博士の仕事でも検討されている)。 これまであまり注目されてこなかったのは、この病気の遺伝的素因、つまり水銀に対する遺伝性の家族性感受性亢進とそれに類似した反応に関する問題である。1916年の時点で、私は同居していない二人の息子を持つ父親を診たが、三人とも3 〜 4週間ほど働くと水銀の症状が出て、三人とも尿に多くの蛋白が含まれていた(この例をハンハルト(Hanhart)に伝達)。 ここ数年、特に目立ったのが、親子二人のケースである。父親は60歳くらい、息子は30歳くらい。- 両者とも数週間の勤務の後、激しい疲労感で倒れた。毎日の治療で回復し、顔色も良好となったが、仕事を開始するとわずか 6〜7日後に両者の尿中に再び比較的多量の蛋白質が認められた(いかなる人為的誘発もなされていない)。 ギリオーリ(Giglioli)がすでに観察したように、水銀中毒では、動揺や過敏性、心配性、無関心などが頻繁に起こるにもかかわらず、重度の精神障害や精神疾患は非常にまれである。水銀中毒の後に腎臓の障害が治って自殺したケースで、精神科医(H. W. Maier)は因果関係を否定している。 予後の判断は難しい(特にタンパク質の排泄が早いと再発しやすいこと、特にセンシティブな家族で8日間働いた後、タンパク質と水銀が同時に検出された場合も同様に再発しやすかったこと、など)。 まとめ 水銀中毒は、ここ数十年のまったく異なる新しい分野に伴って、その外見的な特徴を大きく変化させてきた。現在では、全国に点在する多くの工場(種子のドレッシング、コレクションの保存、注射薬の製造、アマルガムの製造、火炎細工、歯科補助器具)で水銀中毒が起きることがある。水銀中毒が主に起きるのは、定期的な調節器の修理、真空産業や触媒としての使用である。 水銀塩や水銀蒸気による中毒は、特に歯茎や腸に症状が現れ、より頻繁に汗かきや頭痛が起きる。ほとんどは数か月から数年後に震え(数日後はめったにない)、粗い発作を伴う意識した震えまであるが、細かい震えが意識されて強くなることもしばしばある。羞恥心、不安、まれに睡眠障害を伴う夜間の痙攣、さらにまれに感覚障害(特に大腿部、ふくらはぎ)、排尿障害、腎炎(3 ~ 4%が再発)である。 これらの症状は、特に蒸留、修理、洗浄の各部門の作業で顕著である。水銀を触媒として使用し、揮発性化合物やスラッジが発生する工場部門のみで作業する場合、例えば歯肉の症状、胃腸の症状、便秘などはより後退し、心臓障害、うつ病、血管運動障害、汗かき、時には多発性神経痛が前面に出てくるようになる。(ほとんどの社員が異なる部署で仕事をしているので正確な分類は難しい)。 このような工場で長年、何事もなく働いてきた労働者が、突然、水銀を含むスラッジを浴びたり、大量の有機揮発性物質を吸い込んだりすると、非常に深刻な中毒になる。 また、有機揮発性物質を大量に吸い込むと、ひどい疲労感、気力のなさ、イライラが起き、仕事を離れても貧血が続く。 また、震えも非常に長く残ることが多い。このタイプの3例は、典型的な臨床像が存在しないため保険会社に拒否された(1例はその後結核と診断され、結核自体は貧血を残して治癒したが、他の重篤な症状は残った)。このようなケースは我々の注目に値する。 震えを示す労働者も、半年〜 1年間他の仕事をし、アルコールを飲まない場合、ほぼ全員が完全に震えから回復している。 近年では、一番の予防策は職種を変えることであることが判明している。ある工場では、2か月間の水銀作業後、水銀部門の作業員全員が計画的に交替させられ、また別の工場では、尿中に多量の水銀が検出された作業員は、直ちに職場から離されることになった。他の工場では、一度中毒になった従業員は水銀部門に配属されなくなったところもある。 予防のために: 労働者を隔離するために、中毒が深刻な症状として始まる場合は別であるが、我々はまだ決定的な予防指針を持っていない: 尿中の水銀含有量(ちなみに変動する)が血液中の病原的に活性な濃度に対応するかどうかなど、我々はまだ知らないし、さらに症状なしにしばしば早期に現れる白血球が何を意味するかも分かっていない。不安、羞恥心、内気など、多くの精神症状は自然に消えていくが、時には震え、イライラ、興味の喪失、ひどい貧血や全身衰弱などを併発し、症状が強くなることがある。 Archiv für Gewerbepathilogie und Gewerbehygiene 1 (4): 539-560 (1930) |